第4-1話 運命はあなたの手の中①
文字数の都合により、第4話は分割して更新します。
「オーレリア様。婚約破棄の件、真剣に考えていただけましたか?」
無邪気なその声に、オーレリアは紅茶と一緒にため息を飲み込んだ。
本日の彼女は、学院に併設されたティールームの一室を借り、友人たちと共にアフタヌーンティーを楽しむ予定である。
「……ナディア嬢。私、あなたに招待状をお渡ししたかしら?」
しかし、そこへ招かれざる客が現れたのは、つい今し方のことだ。
一足先に入室し、侍女と共に茶葉を選んでいたオーレリアに元に、やはりというべきか、ナディアが現れた。
庭園で出会って以来、彼女は毎日のようにオーレリアの前に現れては、セオドールとの婚約破棄を迫ってくる。
「私にお話がある時は、事前にご連絡をいただくよう、再三申し上げたと思うのだけれど」
「ご、ごめんなさい。でも、もう時間があまり残されてなくて……」
「……とりあえず、お茶でもいかがかしら」
オーレリアはナディアのお茶を淹れるよう、侍女に目で合図を送る。
以前も、オーレリアが友人たちとお茶を楽しんでいる場に、ナディアが突撃してきたことがあった。
丁重にお帰りいただいたつもりだったが、ナディアはその足でセオドールに泣きついたらしい。
オーレリアと親交を深めたかったのに、お茶の一杯も出してもらえず追い返されたと、さめざめと泣いていたそうだ。
『彼女のことはもっと優しく扱ってくれ。大切な人なのだから』
突然呼び出されたかと思えば、セオドールに短くそう告げられた。
大切な人というのは、国にとってなのか、それとも……。
問いただすことができぬまま、オーレリアは無言で頷くことしかできなかった。
その出来事があって以来、ナディアが現れたときには、出したくもないお茶を用意する。
テーブルに飾られた赤いカメリアをぼんやりと眺めていると、侍女が湯気の立った紅茶をナディアの前に置いた。
ナディアが紅茶を一口飲んだのを見計らい、オーレリアは彼女に話題を振る。
「ところで……、天聖者様は人を脅す趣味がおありなの?」
「脅す? なんのことでしょうか?」
「数名のご令嬢から相談を受けました。天聖者様から婚約を破棄するように迫られている、と」
そう。ナディアがつきまとっているのは、オーレリアだけではない。
どうやら、それ以外の令嬢たちにも、婚約破棄をしなければ断罪されると脅して回っているらしいのだ。
「脅しているなんて誤解です。その方達もオーレリア様と同じなんです」
「婚約破棄しなければ断罪される、と?」
ナディアはティーカップを両手で持ちながら、はい!と元気よく頷いた。
事態の重さを分かっているのかいないのか……。
オーレリアは無邪気な彼女に目眩を覚えながら、そもそも、と口を開いた。
「私共の婚約は、国王陛下の許諾のもとに交わされております。ですから、婚約を無効にしたいのであれば、陛下に直訴するのがよろしいかと」
「セオ様にはお伝えしました! でも、あまり真剣には取り合ってくれなくて」
ナディアが未来を見たからといって、貴族の婚約は簡単には取り消せない。
どうしたって国王陛下と教会の許可がいる。
穏便に事を運ぶためにも、予測を立てて断罪の原因を探りたいところだが、そう単純なことではないらしい。
「私も詳しくお伝えできたらいいんですけど……。断罪の瞬間だけしか見えてこないので詳しい原因かはさっぱりなんです。でも、婚約を破棄すればその未来が変えられるというのだけがボンヤリと分かるというか」
こういった有様である。
「ペテン師……、おほん、占い師みたいな物言いね」
オーレリアは、漏れそうになった本音を咳払いでそれとなく誤魔化す。
つい二週間ほど前、ナディアが天聖者であることが正式に発表された。
それ以来、オーレリアの評判はあまり良くない。
元平民の成り上がり令嬢が、公爵令嬢に無礼を働いているという構図が大きく逆転してしまったからだ。
ナディアが執拗に婚約破棄を奨めるのは、オーレリアが王妃となると、国に災いが起きるからなのでは?
学園内ではそんな噂がひそかに囁かれている。
それに加えて、
「オーレリア様が天聖者様を泣かせているのを見た」、
「セオドール殿下が、泣いている天聖者様をオーレリア様から庇っていた」
こんな話までもが出回り、今では彼女の赤髪を捩って、苛烈で傲慢なご令嬢だの、将来は血狂いの王妃になるだのと陰口を叩かれ、うんざりしている。
言いたいことがあるなら直接言え、売られた喧嘩は最高値で買ってやると、それとなく釘を刺しているが、ナディアがオーレリアに婚約破棄を迫る限り、噂が落ち着くことはないだろう。
「オーレリア様だって断罪されるのはお嫌でしょう? だからこそ、一日も早い婚約破棄をおすすめしているんです。早くしないと本当に本当に取り返しのつかないことになってしまいます!」
オーレリアが、カメリアの花を無言で鑑賞しているのを良いことに、ナディアはいつにも増して迫ってくる。
話したくないという分かりやすい意思表示のつもりだったが、ナディアが貴族に馴染むにはもう少し時間がかかりそうだ。
「お茶会の開始時間を少し遅らせると伝えてくれるかしら?」
これは長引きそうだと予感したオーレリアは、控えていた侍女に友人たちへの言伝を頼むことにした。
今回は心置きなくお茶会を楽しむと決めている。
そのためにも、早くナディアにお帰りいただかなければ。




