第3話 私はあなたに相応しい
オーレリアとセオドールの出会いは、そんな最悪なものだった。
それでも、王家は両家の結びつきを重視したのか、二人の婚約は成立した。以来、学園内では、二人が売り言葉に買い言葉で火花を散らす姿が度々目撃されている。
「殿下。私、まだあなたの婚約者として相応しくありませんか?」
懐かしい記憶に浸っていたせいか、オーレリアの口から、ふとそんな言葉が溢れた。
セオドールは、はっと息を呑み、目を見開く。しかし、次の瞬間にはその顔が苦々しく歪む。
「……ああ、そうだね。相応しくない」
そう言ったきり、彼は唇を噛みしめて押し黙った。
――まだ、ダメなのね。
セオドールの姿を見て、オーレリアは拳を握りしめる。手のひらに爪が食い込むほど、強く。
『あなたは婚約者に相応しくない。僕たちはきっと不幸になるから』
彼がそうはっきりと告げたのは、婚約が結ばれて間もない頃だった。
今と同じように唇を噛み締め、一筋の涙をほろりと流すものだから、オーレリアはカーテシーの途中で固まってしまった。
あまりにも冷たい宣言に、オーレリアは奥歯を噛み締めて必死に涙を堪えたのを覚えている。
嘘でもいいから、これからよろしく、とか、お互いに支え合いましょう、とか……。そういうことをまず言うべきではないの――?
その想いを抑えきなかったオーレリアは、気づけばセオドールの頬を力任せに引っ叩いていた。
あの頃の自分は、貴族令嬢としてまだまだ未熟だったと、オーレリアはついつい遠い目になる。
「ところで、殿下は先日の試験での私の成績を覚えていらっしゃいますか?」
「……ああ。首席だったね」
「ええ。以前、“僕よりも成績の劣る女性の隣には立ちたくない”と、有難いお言葉をいただきましたでしょう? ですので前回に引き続き、首席の成績を収めてみたのですが、いかがでしたでしょうか?」
オーレリアは胸に手を当て、わずかに膝を折ってみせる。
しかし、セオドールはそんな彼女に対して、わざとらしく大きなため息をついた。
「君は、自分の優秀さを披露するのが好きなようだけれど……、そういうのは品性に欠けるとは思わないのかい?」
オーレリアに優秀であれと強いているのは、他ならぬセオドールだ。
一つでも彼に劣れば、婚約者に相応しくないと人前で冷たく罵られる。
だから彼女は、勉強、武術、乗馬、行儀作法、刺繍、料理、チェス――。全てを極めてきた。
それでも彼は、今日もオーレリアを非難する。とは言え、彼女も言われたい放題でいるような人間ではない。
「私は、自らの能力を周囲に示すことを下品とは考えません。だって……」
オーレリアはセオドールを見据えると、わざとらしく口角を上げた。
「学年次席の殿下を補佐するには、それ以上に優秀な者でなければ務まりませんでしょう?」
「なっ……」
ここ最近の試験で、彼はオーレリアを下回る学年次席が続いている。
そのことを指摘されたセオドールは、顔を真っ赤にして唇を震わせた。
「お顔を苺のように真っ赤にさせて、大変に愛らしくていらっしゃいますこと。初めてお会いした時を思い出しますわね」
「もういいから!」
追い討ちをかけるオーレリアの言葉を遮り、セオドールは彼女を睨みつけた。
「君のそういうところが……、可愛げがないと、言っているんだ」
「殿下はわがままでいらっしゃいますこと」
周囲の視線が集まり始めている。そのことに気づいたオーレリアは、軽くいなして言い合いを終わらせた。
「話がだいぶ逸れてしまったけれど、ナディア嬢とはいずれ正式に面会の場を設けるつもりだ。それまでは、彼女に近づくのは避けてほしい」
「ええ、承知いたしました」
まるで、自分が何かしたかのような物言いだが、仕方なく頭を下げる。
曲がりなりにも、ナディアは天聖者。彼女の話題で言い争うのは時間の無駄だ。
「オーレリア」
久しぶりに名を呼ばれ、オーレリアは顔を上げた。
そこには、複雑そうな表情でこちらを見つめるセオドールがいた。
「僕の妻になることが、君の幸せだと……本当に思っているのかい?」
オーレリアの眉がぴくりと動く。
「……ごきげんよう」
聞こえなかったふりをして微笑むと、セオドールは諦めたように息を吐いて背を向けた。
その背中が見えなくなるまで、オーレリアはぼんやりと見送った。
「愛称で呼ばれるのは嫌だって、あれほど言っていたくせに」
一人になり、素の口調でぼそりと呟く。
セオ様という可愛らしい声が、未だに耳からこびりついて離れない。
オーレリアが愛称で呼んでもいいかと尋ねた時、彼は恥ずかしいからと頑なに首を縦に振らなかった。
それなのに、彼女にはもう許している。
「なんだか惨めな気分……」
最終学年となった二人が、学園で過ごす時間はもう残り僅か。
このまま卒業すれば、セオドール様は王太子となり、数年後にはオーレリアは彼の妻となる。
けれど、未来の夫は少しも幸せそうな顔をしてくれない。
「どうしたら、あなたは認めてくれるのかしら」
きっと、彼は知らないのだろう。
婚約者として相応しくない――。その言葉を撤回させたい一心で、オーレリアが必死に努力をしていることを。
最初こそ、負けず嫌いな性格からくる闘争心でしかなかったが、今のオーレリアは……。
彼女は胸の高鳴りに気づかないふりをして、庭園に咲く白い薔薇に口付けを落とした。
この気持ちに呼び名をつけることを、彼女はまだしない。
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