第11-2話 結ばれた想いの名は②
――ああ、やっと言えた。
オーレリアは、喜びと少しの不安に胸を膨らませ、言葉を紡ぐ。
「優しくて美しい涙を流せるあなたが、愛らしくて、愛しくて仕方ないの。だから、どうかお願い、」
「オーレリア」
セオドールが名を呼んだ。
「本当に、後悔しない?」
「ええ。もちろん」
間髪入れずに頷けば、セオドールは情けなさそうにへにゃりと笑う。
「女の子にここまで言わせてしまうなんて、僕は本当に駄目な男だね」
セオドールは顔を引き締めると、オーレリアの手を握り返した。そして、彼女を見つめたまま地面に跪く。
「セオドール・カレンシアは、オーレリア・ミアンゼルムに願う。剣の勝負で負かされた時からずっと、あなたのことが好きだ。どうかもう一度、僕の婚約者になってほしい。人々が笑って暮らせるような幸せな国を作るために」
全ての民を救うことなどできないだろう。それでも王という存在は綺麗事を掲げ、希望を謳うべきだとオーレリアは思う。
その裏では血生臭いことも待ち受けているだろうし、彼の優しさに付け入る狡猾な者達もいるはずだ。
だからこそ。
「オーレリア・ミアンゼルムは、セオドール・カレンシアの願いに応えましょう」
だからこそ、オーレリアは彼を守りたい。
彼が国のために希望を謳えるように。
彼の優しい心が濁ってしまわないように。
それがオーレリアの夢なのだと言ったら、彼はどんな顔をするだろう。
「あなたが治める国に住まう者たち全ての幸福を目指し、あなたに寄り添い、共に血と涙を流しましょう」
「ありがとう、オーレリア」
セオドールに抱き寄せられ、オーレリアは静かに目を閉じる。
広くて温かな背中に手を回し、ようやく原作の向こう側に辿り着けたのだと実感する。
「可愛げもないし、付き従うだけの大人しい女にはなれないけれど、どうか傍にいさせて」
「可愛げなんて求めたりしない。僕の後ろではなく、隣にいてほしい。だってオーレリアは……」
セオドールは心からの笑顔を浮かべてから言った。
「美しくて格好よくて、誰よりも高潔な私だけの騎士なんだから」
今度は、オーレリアが目を丸くする番だった。
「あなただけの、騎士……?」
「ああ。君は僕の最愛の妃であり、最も信を置く騎士になるだろう」
ミアンゼルム騎士物語には有名な一節がある。初代ミアンゼルムがカレンシア王に忠誠を誓った場面で、王が彼に返した言葉だ。
『君は僕の最愛の友であり、最も信を置く騎士だ』
その言葉の通り、ミアンゼルムはカレンシア国の何にも属さない唯一の騎士となった。
ミアンゼルムの信念に背くと判断した場合は、王命を退けることができる一代限りの特権を与えられた。
彼が王命に背くときは国民のためであると、初代カレンシア王は信じていたから。
結局、その特権は使われぬまま、二人は生涯を閉じ、カレンシア王国は今もこうして続いている。
「テディ。私ね、あなたにお願いがあるの」
「なんだい? 僕にできることならなんだってするよ」
セオドールは真剣な眼差しでそう応えてくれた。
彼へお願いを思い浮かべ、オーレリアは頬を染める。
「その、愛称で呼んでほしくて」
「愛、称?」
「私たち、これから不仲なイメージを払拭しなければいけないわけでしょう? お互いに愛称で呼び合った方が、関係の良好さをアピールできると思うのだけど……」
言いながら、オーレリアは急速に不安に襲われていく。
何故か、いつものように公爵令嬢の笑みが作れない。牢に閉じ込められたときも、魔法薬を飲み干し心臓が止まったときも、オーレリアは少しの恐ろしさもなかった。
けれど、彼に愛称呼びを断られたことを想像すると、胸が緊張で高鳴っていく。
「リア」
耳をくすぐる優しい声がして、オーレリアは思わず顔を上げた。
「あなたが望むのなら、いくらだって呼んであげるよ。世界で一番大切な僕のリア」
彼の声に、自然と口が緩む。
こんな幸せな未来を迎えることができて、初代王妃には感謝してもしきれない。
「リア。僕からもお願いがあるんだけど」
「あら? なんですか?」
「これをきっかけに、僕のこと、セオって呼んでくれないか?」
「え?」
オーレリアは戸惑いがちに眉を顰めた。
テディの方が断然可愛いのに……?
と、ついつい瞳で訴えてしまう。
「その、外で君にテディと呼ばれると、王子の顔でいられる自信がないんだ。二人きりのときは、リアの好きに呼んでいいから」
「……そんな可愛らしいことを言われたら、断れないじゃない」
この婚約者はどこまで愛らしいのだろうか。
自然と二人で顔を寄せて笑い合っていると、遠くから自分たちを呼ぶ声が聞こえてきた。
その声に、テディの柔らかい笑みが消え、頼もしい第一王子の顔が現れる。彼が王太子として指名されるのはきっとすぐそこだろう。
「戻ろうか。諸々の後処理をしないとね」
差し伸べられた彼の手に自分の手を重ねて、私もまた公爵令嬢の顔を作る。
「そういえば……」
「なあに?」
セオドールの呟きに、オーレリアは小さく首を傾げた。
「初代王妃が僕たちへ残してくれたメッセージの最後を思い出したんだ」
「なんて書いてあったの?」
「登場人物全員幸せにならなくちゃ許さない、末代まで呪われたくなければ死ぬ気で幸せになりなさい、ってね」
「あら……。それなら、私たちは全力で幸せになって、全員を全力で幸せにしないとね」
その全員の中には含まれるのは、きっと――。
「ねえ。ナディア・レグリーノのことなのだけど」
オーレリアがその名を口にすると、セオドールはぴしりと顔を強張らせる。だが何も言わずに、諦めたように息を吐いた。
「絶対に言うと思った……。いいよ、リアの好きにしたらいい」
どちらともなく頷き合うと、二人は前を向く。
「では、行こうか。リア」
「えぇ、参りましょう。セオ殿下」
片隅に咲いていたライラックの花がふわりと揺れて、二人はゆっくりと歩き出した。
『テンセイシャに脅されています』はこれにて完結となります。
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