2話 恋の芽生え
回想シーンとなります。
カレンシアの第一王子とミアンゼルム公爵家の令嬢が初めて出会ったのは、お互いが八歳のときだった。
王宮の庭園で、セオドールとお茶を囲んだのが最初である。
「初めまして、オーレリア嬢。ミアンゼルム家の赤き姫君とこうしてお会いできる日を、心から楽しみにしていたよ」
目の前にいたのは、柔らかな金髪と澄んだ青い瞳が印象的な王子様だった。
幼いながらも王族らしい堂々とした振る舞いに、オーレリアは驚いた記憶がある。
ここがセオドールの花嫁候補を探すために設けられた場であることは、オーレリアも薄々気がついていた。
しかし、公爵である父からは、特に指示は受けていない。ミアンゼルム公爵家は王家との婚姻に重きを置いていないのだろう。
そう考えたオーレリアは、無難にこの場を切り抜けようと、当たり障りのない会話を心がけていた。
季節の話、王都の近況、庭園の花の種類――。
穏やかな会話が流れていく中、セオドールがオーレリアに新たな話題を振る。
「ところで、オーレリア嬢はミアンゼルム騎士物語を読んだことはある?」
オーレリアは思わず金色の瞳を輝かせた。
それは騎士であった初代ミアンゼルム公爵を主人公とした冒険譚――。
古くから多くの人々に愛されている、彼女の大好きな物語だった。
「私の一番のお気に入りの本です。寝る前に必ず読んでおります」
「僕もあの物語が大好きなんだ。伝説の竜を討ち果たすお話が特に好きでね。彼は本当にあれほどの剣士だったのだろうか?」
「彼の剣が我が家の宝物庫に飾られていますが、相当使い込まれておりました。きっと驚きの強さだったはずです」
「実際の剣があるの? オーレリア、あなたはその剣を直接見たのかい?」
彼女を呼び捨てにしていることに、セオドールは気づいていないようだった。
そして、オーレリア自身も、立場やこの場の目的も忘れて、饒舌に語り出していた。
「もちろん! 少しだけ触れたこともあります」
「え! それは本当かい?」
「はい! 彼の子孫として恥ずかしくないよう、私も父や兄達から剣を習っておりまして。いずれは騎士になるのが私の夢なのです」
その名が記された冒険譚があるように、ミアンゼルム公爵家は代々剣士の家系だ。女であるオーレリアも、剣や弓といった一通りの武術の鍛錬を積んでいる。
「オーレリアも剣を習っているの?」
「はい。もしかしてセオドール様も?」
「ああ。同年代の子たちとよく手合わせをするけれど、負けたことはないよ」
少し得意げに笑うセオドールの手には、確かに剣ダコができていた。
恐らく毎日のように剣を振っているのだろう。
「では、殿下はお強いのですか?」
「どうだろう。師匠にはまだまだ敵わないからね。オーレリアが男の子だったら、ぜひとも剣の手合わせをお願いしたかったのに」
「性別などお気になさらず。喜んでお相手いたします」
オーレリアの稽古相手は、元騎士の父や現役で活躍する兄たちばかりだ。
「お前は加減というもの知らないから」と、同年代の子ども達との手合わせは禁じられている。
今が好機とばかりに身を乗り出すオーレリアを見て、セオドールは困ったように微笑んだ。
「君は女の子じゃないか。剣を握れる程度では、男の僕に勝てるわけないよ」
――剣が握れる程度ですって?
オーレリアの眉がぴくりと動く。
セオドールに悪気はなかったのだろう。しかし、幼いオーレリアの闘争心は、物の見事に煽られた。
「……ご安心を。我が家は平和な王都とは違い、国境の守護を担っております。お坊ちゃま方が習うお遊びの剣術とは、毛色が違いますので」
「お遊びの剣術?」
今度はセオドールの眉が跳ね上がる。
「ふーん……。オーレリアの剣術は、僕のものとは違うと?」
「ええ。セオドール様さえよろしければ、この場で披露いたしましょうか?」
二人はしばらく無言で優雅に微笑みを交わし合う。しかし、青と黄金の視線がぶつかり合った瞬間、笑みが消えた。
「オーレリア嬢」
「セオドール殿下」
庭園に咲くライラックが、ふわりと花びらを散らす。
それを合図に、二つの声が重なった。
「「一つ、お手合わせを」」
慌てふためく従者や侍女の制止を振り切り、木剣を手に戦った結果――、勝利したのはオーレリアだった。
何度も再戦を申し込んでくるセオドールを、忖度なしに容赦なくコテンパンに叩きのめした。
「貴族令嬢のくせに、可愛げがないっ!」
よほど悔しかったのだろう。セオドールはお地面に尻餅をついたまま、そう叫んだ。
だが、剣士の末裔たる少女は赤い髪をなびかせると、真っ白な歯を覗かせて晴れやかな笑顔を浮かべた。
「あら? そういうセオドール様こそ愛らしくていらっしゃいますわ」
「僕が……、愛らしいだって……?」
「ええ。そのように悔しがるお姿は、王国一愛らしいことでしょうね」
セオドール様は目を見開き、ぽかんとオーレリアを見上げた。
唇を噛み締め、何かを堪えるように俯くこと数秒。
「……え?」
困惑の声を上げたのはオーレリアだった。
再び顔を上げたセオドールが、その瞳から大粒の涙を溢していたからである。
そして、顔を真っ赤にした彼の叫びが庭園中に響き渡った。
「本当に! 可愛げがないっ!」
お読みいただきありがとうございました。
本日のお昼頃に、もう1話か2話ほど更新する予定です。




