第10−1話 切り開いた運命の先で①
完結まで修正が終わりました。
「それから僕たちはずっと設定通りの婚約者を演じ続けていたんだよ」
原作の強制力を無効にする手段として、初代王妃は、断罪イベントに目をつけた。
断罪により命を落とす運命にある悪役が、彼女がルートを確定したその瞬間に息を吹き返したら……原作から抜け出せることができるかもしれない。
そのためには、断罪の場で、悪役が死んだと思い込ませなければならない。
そんな独自の考察と推測が書き残されてあったのだ。
セオドールの言葉に耳を傾けながら、オーレリアは天を仰いだ。
「さて、強制力はどうなったのかしらね?」
オーレリアが不敵に笑う。
美しいステンドグラスから差し込まれた光りがオーレリアを照らした。彼女の心臓は――、止まらない。
「そんな話ありえない! でたらめだわ。初代王妃が転生者? 絶対に嘘よ!」
ナディアは拒絶するように激しく髪を振り乱した。
その様子を静かに見つめながら、セオドールは本の表紙を捲る。
「“私の知る全てを綴ります。作り物の運命に打ち勝てるよう、祈りをそえて”」
手記の一部を読み上げてから、その項をナディアに見せる。
ナディアから、息を呑む音が聞こえた。
「その文字……、日本語……?」
「そうだよ。この世界の文字ではない。王家の人間と、彼女と同じ場所から転生してきた者だけが、この手記を読める」
ナディアがふらりとよろめいた。
「僕たちはね、君の選ぶ選択肢に沿って、原作の出来事を再現していただけなんだよ」
「セオ様、オーレリアは婚約者に相応しくないって、ずっと言ってたのに」
「そういうセリフがあったから仕方なく、ね」
セオドールはオーレリアへと歩み寄る。壊れ物を扱うように、その手をそっと取った。
「オーレリア。演技とはいえ、すまなかった。本当にごめん」
八の字に眉を下げる彼の頭を、オーレリアはぽんぽんと撫でる。
「いつもそうやって申し訳なさそうな顔をするんだもの。勘付かれるんじゃないかとヒヤヒヤしたわ」
「それはこっちのセリフだよ。ナディアは原作と違うタイミングで紅茶を飲むし、オーレリアは断罪イベントに立ち向かう気満々だし」
はあ、と疲れたようなため息を吐くセオドール。
そんな彼の前で、オーレリアは勝気に笑う。
「あら。せっかく引き起こしてくれたんですもの。売られた喧嘩は倍にして買わなければ勿体無いでしょう?」
「殺してから生き返る魔法薬を作れと理不尽かつ不明瞭な王命を受けたこっちの身にもなってください」
シルヴァンがじと目でオーレリアとセオドールを見る。
「僕、半年間の休みを希望します。」
「それ相応の褒賞は出すよ」
セオドールとシルヴァンが気安いやり取りを交わしている後ろで、ナディアが、へなへなとへたり込んだ。
「どうして……、どうして教えてくれなかったの? みんなで、私を騙したの?」
涙の混ざった声で、ナディアは絞り出すように訴えた。
「折を見て伝えるつもりだったわ。 けれど、あなたが予定よりも早く断罪イベントを引き起こしてしまったから」
「好きで起こしたわけじゃない! いくら脅しても婚約を破棄してくれなかったから仕方なく!」
「私、あなたのそういうところが好きじゃないわ」
オーレリアは、鋭い視線をナディアに向ける。
「あなたは、悪役であれと望まれた人々のことを何も思わないのね。だからこそ、私悪役に選ばれた彼らを悪者にしないために、私は断罪イベントに立ち向かったの」
「だって、ここは、私のための世界だから……」
自分に言い聞かせるように、ナディアは
そこへ、底冷えするようなセオドールの声が響き渡った。
「さて……、ナディア・レグリーノ。僕の大事な婚約者を陥れ、命を奪おうとしたその罪、しっかりと償っていただこう」
声に反して、セオドールは笑っていた。
凄みのある笑みに、ナディアは震えながらじりじりと後退していく。
「セ、セオ様、わ、私、命を奪おうなんて、思ってなかったんです!断罪寸前まで追い詰められたら、きっと婚約を破棄してくれるって、そう思ったの!」
「ふうん。それで?」
「他のキャラの断罪イベントは起こさないって約束するから! 私も、本当はオーレリアに死んでほしくなかったの! すごく後悔したんです!」
「その程度じゃ見逃してあげられないな。こう見えても、僕はかなり頭に来てるんだ」
相変わらずセオドールは笑っている。しかし、その瞳は冷め切っていた。
「そ、そうだ! これから未来で起きることすべてのこと全部話します!ね?協力しましょう! 私は、未来が視る天聖者だから!」
「残念だけれど……」
オーレリアは哀れむような声でナディアの言葉を遮った。
「あなたに未来を視る力はないのでしょう?」
「な、なんでそれを……」
彼女は、ナディアに言い聞かせるように話しかける。
「未来が視えていたのなら、私たちが原作通りに演じていることも、魔法薬を飲んで生き返ることも、全て分かるはずでしょう?」
「そ、それは……」
「あなたは、原作の内容を知っていただけ。未来を視たわけじゃない」
「だ、だとしても! 私、周回するぐらい好きだったの! 隠しキャラだって知ってるし、周回してから解放されるストーリーもあって……。私の知識は絶対に役に立つはずだから!」
「別に必要ない。僕たちにはこれがあるから」
セオドールが、初代王妃の手記を掲げる。
「君は、僕たちと交わしたセリフを言える? ゲーム中の全ての言葉を一字一句違わずに」
「あ、う……」
「そういうことだ」
短く言うと、セオドールはオーレリアを振り返った。
「さぁ、後のことは他の者に任せて、僕たちはひと足先に退出しようか」
「ええ。そういたしましょう」
オーレリアは、呆然と宙を見つめるナディアに向き直った。
「自ら毒入り紅茶を飲み干すその度胸、嫌いではなかったわ。おかげで私も気合いが入りました」
ナディアが毒入りの紅茶を飲んだのは、セオドールの心を自分の物にするためだろう。
その意思の強さに、オーレリアの心は震えた。
「想いの強さだけは、絶対に負けたくなかったから」
毒を飲み干すことで愛が証明できるというのなら、自分も同じことをしてみせよう。彼のために死んで、彼のために生き返ってみせる。
オーレリアは、ドレスの裾をつまみ、優雅に膝を折った。
「ナディア嬢。それではごきげんよう」
本日中に完結まで順次アップしてまいります。
誤字脱字最終チェックをしながらになりますため、最終話の投稿は20時ごろになります。




