第9-1話 二人の約束①
遅くなりました!
差し込み分のお話です。こちらも二分割でアップいたします。
オーレリア視点寄りの回想シーンとなります。
「改めまして、オーレリア・ミアンゼルムです。婚約者としてこれからよろしくお願いいたします」
そう言って膝を折ろうとした時、セオドールの冷たい声が飛んできた。
「君は、婚約者に相応しくない。きっと不幸になる」
「え……?」
オーレリアは、膝を折りかけた姿勢のまま固まってしまう。
目の前の彼は、唇噛み締め、オーレリアから顔を背ける。その目尻から一筋の涙が伝い、きらりと煌めいた瞬間――
オーレリアの右拳を容赦無く振りかぶっていた。
「っ……!? 何をするんだ!」
吹き飛んだセオドールは、真っ赤になった頬を抑えながら叫ぶ。しかし、オーレリアの顔を見た瞬間、彼は息を呑んで目を見開いた。
「自分ばっかり不幸な顔をするのを今すぐやめて……」
オーレリアの声が震える。
貴族としての言葉遣いを気にしている余裕は、今の彼女にはなかった。
「そんな顔をするのなら、今すぐ私の夢を返して!」
叫んだ瞬間、金の瞳から大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。
嫌いな女が結婚相手になったぐらいなんだというのだ。国王は側妃をいくらだって持てるし、好きな女性がいるのなら、密かに愛でもなんでも育んで、寵妃として大事にすればいい。
けれど、オーレリアは違う。
「騎士になりたくて、必死に頑張ってたのに……!勝手に婚約者にしておいて、その言い草はなんなの!」
彼の婚約者でいる限り、オーレリアが騎士の称号を与えられることはない。
欲しくもないティアラを押し付けたのはセオドールたちだ。それなのに、今度は相応しくないと烙印を押し、二人の未来を勝手に嘆かれて、オーレリアは我慢ができなかった。
「もう少し歩み寄りの姿勢を見せてくれたっていいじゃないっ!」
「僕が選んだわけじゃないっ! オーレリアだけは嫌だって言ったんだ!」
返ってきた言葉に、何かがぷつんと切れた。
オーレリアは、へたり込んだままの彼につかつかと歩み寄り、彼の胸ぐらを掴みあげる。
怒りや憎しみ、悲しみが混ぜになった感情をそのまま瞳に乗せて、力一杯睨め付けた。
「だったら今すぐ婚約破棄してくださいっ!!」
セオドールを押し倒し、馬乗りになった。そして、彼の柔らかそうな頬を力任せにつねりあげる。
「婚約破棄できないなら、首を落とされた死んだ方がマシよ!」
オーレリアが叫んだ瞬間、彼の青い瞳が見開かれて、激しく揺れた。
「知らないくせに……」
彼がなにかをボソリと呟く。
気を取られ、腕の力が緩んだ瞬間、ぐるりとオーレリアの視点が反転する。
「こっちの気持ちも知らないくせに死ぬとか言うな!」
セオドールの拳が振りかざされる。
殴られる――。そう思って身構えたが、いくら待っても覚悟していた衝撃は来ない。
そっと様子を伺えば、セオドールはまた泣いていた。
どこに向かえばいいのか分からない迷子のような表情で。
「セオドール、殿下?」
名前を呼べば、セオドールはハッとした顔になり、オーレリアの上から退いた。
「殴り返さなくてよろしいんですか?」
挑発するように言えば、彼は強がるように顎を上へと向ける。
「女の子を殴る趣味もないし、格下にやり返す主義はないからね。今日のことも特別に不問にしてあげよう」
「女ですけれど、格下ではございません」
「そういうところが可愛くない」
「私に負けたから可愛く見えないだけでしょう?」
「負けてない!」
二人は睨み合う。
それが罵り合いになり、掴み合いの喧嘩になるまで、そう時間は掛からなかった。
*
王宮の医務室で、二人は並んで魔術師から治癒魔法を受けていた。
騒ぎを聞きつけた者が駆けつけた時、二人は服をボロボロにしながら掴み合いの喧嘩をしていた。
数人がかりで引き剥がされ、それぞれの親から揃ってお叱りを受けた。
オーレリアは少し気まずそうに、横目でセオドールを盗み見た。
「すみません……。その、やりすぎてしまいました」
「……別に」
短い返事だけが返ってくる。
父や兄が、どうして同年代の子どもたちとの手合わせを禁じていたのか——オーレリアはようやく痛感した。
オーレリアは口の端を少し切り、腕や肩に打撲を負った。
対してセオドールは酷い有様だった。
両頬は真っ赤に腫れ上がり、顔周りには鼻血の跡がまだうっすらと残っている。
初めて出会った時の麗しい王子さまとは全くの別人である。
本当に元通りの顔に戻るのだろうかと、心配になってきた。
「もし、お顔が元に戻らなかった際には、責任を取りますので」
「どうやって?」
「責任を持って嫁に参ります」
「来なくていい」
即答だった。
思わずオーレリアはむっとする。文句を言ってやろうとセオドールの方へ顔を向けたが、その言葉は引っ込んでしまった。
セオドールは、怪我が痛むのか、唇を噛み締めている。その顔は、さきほどの迷子の表情と同じだった。
「……怪我、そんなに痛みますか?」
「痛みはない」
「では、なぜそんなに苦しそうなお顔を浮かべているのですか?」
セオドールが息を呑む。そして、くしゃりと顔が歪む。
「殿下って、実は泣き虫ですのね」
「違う」
セオドールは泣いていた。
ぎゅっと握られている彼の拳が、微かに震えているのを見て、オーレリアは躊躇いがちに手を伸ばした。
彼の拳を優しく包み込むように、手を重ねる。
その手は、振り払われることはなかった。
治癒魔法が終わるまでの間、静かな医務室には、時折、彼の鼻を啜る音が響いた。
後半は30分〜1時間後ぐらいにアップします。




