第8-1話 命は再び輝きだす①
文字数が多かったので、今回も二分割させていただきました。
冷たかった唇に、温もりが戻ってくるのを感じた。
セオドールは唇を離し、祈るような気持ちで彼女を見つめた。
オーレリアの長いまつ毛が震え、瞼がゆっくりと開いていく。そして――待ち焦がれた黄金の瞳が、セオドールをはっきりと捉えた。
「……あなたが私との未来を望んでくれるなら、」
小さく掠れた声とともに、白く冷たい指がセオドールの顔に触れた。その指先が、まだ瞳に残る涙を優しく拭ってくれる。
「私は絶対に運命に捻じ曲げてみせるわ」
そう言って微笑む彼女の顔が、セオドールの視界の中でみるみる滲んでいく。
「私以外の前で涙を見せては嫌だと、あれほど言いましたのに」
「ああ……、すまない」
冷え切った彼女を温めたくて、その手を強く握りしめた。
頬に触れていた指先から、わずかな脈動が伝わってくる。彼女が生きている現実を噛み締め、涙を流し続ける彼を、オーレリアは愛おしそうに見つめていた。
「おはよう。愛しいテディ」
セオドールは、はにかむように笑い、それから彼女の指先にキスをする。
「あぁ、おはよう。僕の大切な大切なオーレリア」
彼女の体をゆっくりと起こす。早く棺から降ろしてあげたいが、今の彼女は立っているのもしんどいだろう。
礼拝堂の外に控えさせていた医師を呼ぼうとした時、背後から声が上がった。
「なっ、なんでっ!?」
オーレリアがつらそうに頭を抑えたのを見て、セオドールは彼女の肩を抱き寄せる。そして、忌々しげに背後を振り返った。
「声を落としてくれ。 オーレリアの体に障る」
「な、なんで、オーレリアが……。だって毒を飲んで死んだはずじゃ」
ナディアは、恐ろしいものを見ように声を震わせている。
セオドールは、自分の胸にもたれるオーレリアをチラリと見た。
「僕が説明をしても構わないかな?」
「ええ。お任せします」
「分かった。拝命しよう」
わざと砕けた口調で答えると、彼女がくすりと笑った。
まだ顔色の悪い彼女をぎゅっと抱きしめる。躊躇いながらも、ゆっくりと腕を解いた。
セオドールが名残惜しげに見つめると、オーレリアは安心させるように小さく頷いてみせた。
それを見届けて、セオドールはようやくナディアへ向き直った。
「彼女が飲んだのは毒ではないよ」
「ど、どういうこと?」
「シルヴァン」
セオドールが名を呼んだ瞬間、銀髪の少年がふわりと傍らに現れた。
彼は、天才的な才を誇る最年少の宮廷魔術師である。
「はい。ここに」
「僕の婚約者が何を飲んだのか、彼女に説明してやってくれ」
シルヴァンは、ほとんど聞こえないようなため息をついてから、静かに頷いた。
「オーレリアお嬢様が飲まれたのは、一時的に心臓の動きを止める魔法薬です」
「え?」
「効果はおよそ三日。完成したのが直前だったので、効果を試す時間がありませんでしたが。とりあえずは成功したようで、なによりです」
シルヴァンは言い終えるなり、くるりと向きを変えてオーレリアへ近づいた。
いつもは無表情な彼の口元が、ほんの少しだけ緩んでいる。
「あら、ご機嫌ね。私が無事に目覚めて嬉しい?」
オーレリアのからかうような口調に、シルヴァンの口角はみるみる下がっていった。
魔術師になる前のシルヴァンはミアンゼルム家に身を寄せており、そのせいか、二人の距離は姉と弟のように近い。
「実験が成功して満足しているだけですよ。さて、オーレリアお嬢様。今のご気分はいかがです?」
「長めの睡眠を取った後のような、軽い頭痛がいたします。それから……、薬がこの世のものとは思えないお味だったせいで、舌がまだ痺れています」
そう言いながら、オーレリアが顔を顰めた。
セオドールも、例の薬を少しだけ舐めさせてもらったが、あれはもはや味と呼べる代物ではない。
苦くて、熱くて、辛くて、痛い。舌の先に残った鈍い痺れが取れるまで、半日もかかった。
それを大量に飲み干したのだから、オーレリアは舌だけでなく口全体が痺れているのではないだろうか。
「なるほど。では、次回までに味の改良を検討します」
「ええ。もしまた使うことがあれば、それまでには間に合わせていただきたいわ」
「二度とそんなもの使わせないからね」
不穏な会話が聞こえてきて、セオドールは慌てて割って入る。
「ほんの冗談です」
そう言いながら、肩をすくめてみせるオーレリア。本当に冗談なのか、確信が持てない。
「ちょ、ちょっと待ってください! 一体どういうことなんですか!」
再びナディアの甲高い声が響いた。
「ナディア嬢。君には声を落とせとお願いをしたばかりだと思うけれど?」
穏やかな顔と声を保ちつつ、セオドールはナディアを見やる。
彼女は、え、と間抜けな声をだすと、はくはくと口を動かした。
「い、今、私のこと、君って……」
「ああ、悪いけれど君への好感度はゼロだよ。むしろマイナスかな」
笑顔でそう宣言すると、ナディアの目が大きく見開かれた。
その反応を見たセオドールは首を傾け、笑みをさらに深くする。
「恋愛シュミレーションゲーム、という呼び名だったかな? 君、カレンシアクロニクルの元プレイヤーなんだろ?」
テディ→オーレリアが彼を呼ぶときの愛称です。
後半は30分後ぐらいにアップします。(誤字脱字の最終最終チェック中です)




