第7-2話 変わらぬ愛と信頼を②
※新しいキャラが出てきます。
薄暗い廊下を歩きながら、ナディアはセオドールの横顔をちらりと盗み見た。
いつも柔らかな笑みを湛えている彼だが、今日ばかりはやはり表情が硬い。
セオドール・カレンシアは、誰にでも優しく自信に満ちた理想の王子様キャラだ。しかし、その内面には劣等感が渦巻いている。
きっかけはオーレリアに剣で叩きのめされたことだ。しかも、彼女は剣以外でも優秀で、それがセオドールをさらに惨めにさせた。
同時に、彼女の夢を奪った負目もあった。
あの黄金の瞳を見ていると、ドス黒い感情や劣等感、罪悪感を暴かれてしまいそうで、彼女のことが恐ろしかった。
そんな感情に蓋をしたくて、セオドールはオーレリアをひたすら貶し、冷たく当たり続けてしまう。
彼女が、心の奥底では彼を愛していたことにも気づかずに。
オーレリアの遺体と対面したとき、セオドールは初めて理解することになる。 自分は彼女の強さに憧れていたのだと……。
――そして、彼が後悔の涙を流してくれれば恋の成就はすぐそこだ。
ナディアは、セオドールと共に礼拝堂へと足を踏み入れた。
中央にはすでに棺が安置されている。中にはオーレリアの遺体が横たわっているのだろう。
命と引き換えに罪を清めたオーレリアは、観衆にさらされることなく静かに葬られる。
彼女の最期の見送りに立ち会うことを許されたのも、限られた者達だけである。
「あ……」
棺の傍らで、悲痛な表情を浮かべる男性を見つけ、ナディアは声を漏らした。
くすんだ赤い髪が特徴的な彼の名前はレオンハルト・ミアンゼルム。
オーレリアの兄であり、ナディアの攻略対象のうちの一人だ。
この場にいる攻略対象は彼だけではない。
シルヴァン、アシュレイ、カイル……。
彼らはオーレリアとの接点を持つ攻略キャラだ。彼らのルートでも、彼女が何かしらの形で必ず介入してきていた。
彼らを見ながら、ナディアは心の中でほくそ笑む。好感度上げは、抜かりなくおこなっている。
セオドールを攻略すれば、そのすぐ後にはレオンハルトとのイベントが待ち構えている。
そのさらに後には、魔術師シルヴァンとのイベントだ。
今の二人の好感度から考えて、バッドエンドは無いだろう。
冷静に分析しながらも、ナディアは悲しげな顔を作るのを忘れない。
ゲームで見たスチルと同じ状況が整うまで、もう少しだ。
「……オーレリア」
棺に近づいたセオドールが、婚約者の名前を呼んだ。
死化粧を施されたオーレリア・ミアンゼルムは、それはそれは美しかった。
その死に顔に、セオドールが永遠に囚われてしまうのではないか。そう不安になってしまうほどに。
「あなたという人は、本当に……、可愛げがないんだな」
セオドールは神官から手渡されたマリーゴールドの花をぐしゃりと握りつぶした。
その様子を見守りながら、ふと、ナディアは首を傾げた。
この花は、オーレリアが好きだった花だと公式サイトで読んだ覚えがある。しかし、このシーンのセオドールは白百合を彼女に供えていた。
それに、セオドールはずっとオーレリアのことを“君”と呼んでいたはずだ。だって、彼が“あなた”と呼びかけるのは好感度が高い人間だけなのだから。
「セオ様……」
わずかな違和感に、ナディアの胸がざわりと騒がしくなる。
そういえば、ナディアが毒入り紅茶を飲んだあの日、オーレリアは彼のことが好きだと認めていた。
プライドの高い彼女は、その想いを誰にも打ち明けずに死ぬはずなのに……。
原作を早めた影響なのかと、ナディアが頭を回し始めた時――オーレリアの美しい顔に、ぽたりと一粒の雫が落とされた。
ナディアが慌ててセオドールを振り返れば、彼は唇を噛み締めて俯いている。そして、その瞳からガラス細工のような涙を、一粒、また一粒と流していた。
来た――!
ナディアの心臓が大きく跳ねる。
何百回と見たあのシーンそっくりの美しい泣き顔に、彼女の頬が真っ赤に染まっていく。
多少の懸念はあったが、どうやら望み通りの未来に進んでいるようだ。
確信を得たナディアは、愛しいキャラの手にそっと自分の手を重ねた。
「セオ様。我慢しないで、思い切り泣いてください」
セオドールの体がこちらへ向くのを待ってから、ナディアは言葉を紡ぐ。
「セオ様。私、お願いがあるんです」
「いいよ。僕にできることならなんだってしてあげる」
セオドールは切なそうに微笑んでいる。大丈夫だ、選択肢は合っている。
「どうか私に、セオ様を支えさせてください。オーレリア様の代わりにはなれないけれど、もう二度と、望む未来を見誤らないように寄り添わせてください」
ルートの確定まではすぐそこだ。
絶対に逃したりなんてしない。
ナディアは、彼の手を強く握り締める。
「――僕の望む未来は、ひとつだけだよ」
涙で輝くサファイアの瞳いっぱいに、自分の姿がはっきりと映し出された。
ハッピーエンドを確信し、思わず笑みが漏れた次の瞬間、
「え……?」
するりと、セオドールの手が離れた。
彼の瞳から自分が消えていく。代わりに映し出されたのは、彼の婚約者の姿だった。
「セオ様? どうしたんですか?」
恐る恐る声をかけるが、彼の瞳はオーレリアから離れない。
「セオドール・カレンシアは、オーレリア・ミアンゼルムと共に歩む未来だけを望む」
「……は?」
ナディアは思わず自分の耳を疑った。
どうしてナディアではなく、彼女の名前を呼ぶのだろう?
知らない、こんなシーンはどのルートにも存在していないはずなのに……。
「あなたの答えを、聞かせてくれないかい?」
セオドールは、瞳を固く閉ざしたままのオーレリアへ語りかけている。
その手が、愛おしそうに白い頬に触れた。
彼の顔が、ゆっくりと彼女へ近づいていくのを見た瞬間、ナディアは思わず声を上げた。
「ま、待って……! ダメっ!」
必死に手を伸ばしたが、間に合わなかった。
「さあ、もう起きる時間だよ。僕の愛しい人」
低く甘い声が響いて、彼は、彼女の唇に優しいキスを落とした。
物語のワンシーンのような光景が、ナディアの瞳を強く灼いた。
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