第7-1話 変わらぬ愛と信頼を①
文字数が多かったので、二分割させていただきます!
後半は10分後アップする予定です!
ナディア・レグリーノは、一人静かに憂鬱なため息をついた。
「さっさと婚約破棄すればよかったのに、オーレリアってば本当に頑固キャラなんだから」
オーレリア・ミアンゼルムが原作通りに死んでから三日が過ぎていた。
今日は彼女の葬儀が執り行われる日。ナディアは大聖堂の控え室で、その時を待っていた。
鏡台の前に座り、念入りに化粧の具合を確かめる。前髪を整え、頬に色を足す。薄く色づいた唇がにんまりと歪む。
「やっとセオ様を攻略できる……」
天聖者として覚醒した彼女には、前世の記憶がある。
この世界とは全く違う、平凡な人間として生きた記憶。
そこには魔法は存在せず、科学が発展した世界で、たくさんの機械や電子ゲームが溢れ返っていた。
配偶者も恋人もいない。会社と家を往復するだけの代わり映えのしない毎日……。
どうやって死んだのかはよく覚えていない。殺されるほどの恨みを買うような人間関係もなかったら、きっと事故か病気であっけなく死んだのだろう。
前世の自分の名前すら曖昧だが、彼女には、はっきりと覚えているものがある。
『カレンシアクロニクル〜選ばれし乙女と運命の恋〜』
魔法が存在する世界を舞台に、未来を視る力を持った少女が、美麗な男性たちに溺愛されるラブロマンス満載の恋愛シュミレーションゲーム。前の世界では乙女ゲームと呼んでいた。
このゲームが、彼女は大好きだった。グッズは全て買い揃えたし、課金するために食費を切り詰めたこともある。それぐらい夢中だったのだ。
「いつ見ても本当に可愛い顔……。まさに理想のヒロインって感じ」
ナディアは、鏡に映る自分の顔を愛おしそうに触る。
前世の記憶を思い出した時、自分は大好きだったゲームの世界に転生したのだとすぐに悟った。
しかも、ゲームのヒロインであるナディア・レグリーノになれたのだ。
ずっと憧れていた、大好きなゲームの世界。そして、そこにはずっと恋焦がれていた攻略対象達が実際に存在している。
彼女はずっと憧れていた。
自分の人生は、ずっと地味で退屈だった。
だからこそ、誰かの人生のヒロインになりたかった。
まさに今、彼女の願いが小さな実をつけ始めようとしている。
「誰かなんて決めたりしない。私はみんなのヒロインになる」
ナディアの狙いは攻略対象全員から愛される“逆ハーレムエンド”。
文字通り、溺れるような愛が欲しい……。
そう決心して、ナディアは原作のストーリーを進めることにした。
攻略に臨むにあたり、さっそく困難が降りかかった。
どういうわけか、ナディアはいくら試しても未来を視ることができないのだ。
やり方が違うのか、なにか他に要因があるのか……。
焦りはしたものの、ゲームは散々やりこんでいたし、ストーリーの時系列は全て頭に入っている。
ゲームの流れを言い当てることで、周囲はあっという間にナディアを天聖者と信じ込んだ。
「全員の好感度もだいぶ上がってるし、順調よね」
胸元に飾ったサファイアのブローチを、ナディアは上機嫌で撫でる。
ブローチだけじゃない。
今着ているドレスも髪飾りもメイク用品も、全てセオドールをはじめとする攻略対象達から愛の証として与えられた物たちだ。
彼らの好感度をあげていけば、やがて恋の障害が現れる。
オーレリア・ミアンゼルムは、ヒロインの恋を邪魔する役割を与えられた悪役キャラクターだった。
セオドールルートでは、彼の婚約者としてメインの悪役を担っている。
悪役キャラは乙女ゲームの性質上、女性であることが多く、ナディアが攻略対象と結ばれる直前に、断罪されて悲惨な結末を迎えるのがお約束だ。
出来ることなら、断罪イベントを起こさず、円満に恋を成就させたい。
それは決して、悪役たちが可哀想だからとか、命を大切にとか、そんな人道的な理由ではない。
単純に血を見るが苦手なのだ。
人どころか、動物が死ぬ瞬間すら見たことがないのに、毒やら断頭台やら……。そんな恐ろしい光景は絶対に見たくなかった。
だからこそ天聖者の立場を利用し、断罪前に婚約破棄をさせようとしたのだが、結局オーレリアは原作通りの流れになってしまった。
「毒殺事件を自作自演したのは失敗だったな」
毒を飲み干したオーレリアの最期を思い出し、ナディアは思わず身震いする。
分かっていたつもりだが、画面越しに見たスチルよりも生々しくて、本当に最悪だった。
「でも、セオ様のルートだけは絶対に取り逃したくなかったし」
セオドールのルートは、他のキャラよりも攻略の難易度が高い。
物腰が柔らかく、友好的に見えるセオドールは、見た目に反して好感度が上がりにくい。そして、ちょっとのミスであっという間に下がってしまう。
毒入り紅茶を飲み、そのまま命を落とすバッドエンドルートの可能性だって潜んでいるのだ。
セオドールに懸想していた令嬢が、ナディアを毒殺し、その罪をオーレリアになすりつける。
それが本来の流れだが、出来ることならセオドールの好感度が高いうちに毒殺事件を起こしたい。だからこそ賭けに出た。
結果、ハッピーエンドへと繋がるルートは勝ち取れたが、後味は悪い。
「もっと自分の命を大事にしたらいいのに」
唇を尖らせて一人でむくれていると、外からドアの叩く音が響く。
急いで笑顔に切り替えて返事をすれば、セオドールが姿を現した。
「セオ様」
「ナディア、気分は大丈夫かい?」
彼女は、昔から金髪碧眼キャラが大好きだった。その中でもセオドールは特にお気に入りだ。
彼のグッズにどれだけのお金を注ぎ込んだか、考えるのをやめたほどだ。
「あなたは、あまり葬儀には慣れていないだろう? つらければ、ここで休んでいてもいいんだよ?」
大好きな美しい顔が近づいてきて、心臓がどきりと跳ねる。
彼の美しさを再確認しながらも、ナディアは静かに首を横に振った。
この後、大聖堂で行われるオーレリアの葬儀こそ、セオドールルート最後のイベントだ。
遺体と対面するのは嫌だが、セオドールとの幸せな未来が待っていると思えば耐えられる。
「セオ様が隣にいてくだるなら、私は平気です」
「あまり無理はしないように。つらくなったらすぐ言うんだよ」
差し出された逞しい腕に、自らの腕を絡ませる。
ぴたりと体を寄せれば、セオドールが優しくこちらに微笑みかけてくれる。
好感度は落ちてはいないようだ。
「では、行こうか」




