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テンセイシャに脅されています  作者: 桃野ヒロキ


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第6話 愚か者の決意と気がかり

残酷な表現がありますので、苦手な方はご注意ください

 その日、オーレリアは夜明け前に目を覚ました。


「ミアンゼルム公爵家からお預かり物です」


 牢の見張りから声がかかり、食事の出し入れをする御器口から木箱が差し出された。

 中身を確認すると、納められていたのは真っ白なドレスと手紙ーー。

 オーレリアは迷わず手紙を手に取ると、無言で封を切った。


 *


 オーレリアが投獄されてから三日。

 カレンシア王国には、激震が走っていた。

 公爵令嬢による天聖者毒殺未遂――その事件を巡り、速やかな処刑を求める者と、オーレリアの無実を訴える者とで、国は二つに割れている。

 彼女が第一王子の婚約であることに加え、一貫して潔白を主張し続けていることが、事態をさらに複雑にしていた。

 しかし、彼女の無実を証明する決定打はない。

 時間だけが過ぎていき、カレンシア国王はついに一つの決定を下した。



 手紙を読み終えたオーレリアは、しばらく無言で俯いていた。

 そこには、国王の下した決定の内容が記されている。


「……準備をしなくてはね」


 感情を押し殺した声で呟くと、オーレリアは真っ白なドレスを胸に抱きしめた。


 *


 王都の大聖堂は、大勢の観衆たちでごった返していた。

 天聖者に毒を盛った悪女を一目見ようと、朝から彼女を待ち構えているのだ。


「来たぞ!」


 大聖堂の前に、窓のない馬車が停まる。

 馬車の扉がゆっくりと開かれ、罪人が降り立った瞬間、人々は水を打ったように静まり返った。


 現れたのは、真っ赤な髪を結い上げ、染み一つない純白のドレスに身を包んだ気高き公爵令嬢であった。

 ミアンゼルム家を象徴するオダマキの花を髪に挿し、強い光りを宿した黄金の瞳は、まっすぐに前だけを見ている。


 大聖堂の扉が開くのを待つ間、オーレリアはふと空を仰ぐ。

 雲一つない空は、彼の瞳とよく似た色合いを見せていた。


「全てを終わらせるには、最高の空模様ね」



 扉をくぐると、会衆席は多くの貴族で埋め尽くされている。

 絡みたく視線を無視して中央の廊下を進んでいくと、ステンドグラスから差し込まれた七色の光が、祭壇を照らしていた。

 その向こう側、中央の座に座るセオドールが、オーレリアを見下ろしている。

 そして、彼の隣には当たり前のようにナディアがいた。


 オーレリアは、(いざな)われるように光りの中へと立ち、優雅に膝を折った。


「ミアンゼルム家が長女、オーレリア・ミアンゼルムが第一王子殿下、そして、天聖者様にご挨拶申し上げます」


 セオドールが立ち上がり、一歩前へと進み出る。

 そして、二人の視線が交わった。


「……」

「……」


 オーレリアは無言で目を伏せ、彼の言葉を待つ。


「今回の件に関し、国王陛下は大変に心を痛めていらっしゃる。陛下の胸中を慮り、第一王子である私が国王に代わってオーレリア・ミアンゼルムへの宣言を行う」


 それを合図に、小さな盃を持った神官が、ゆっくりとオーレリアへ近づいた。


「オーレリア・ミアンゼルム。只今より真理の盃を飲み干し、己の潔白を証明せよ」


 響き渡った宣言に、大きなどよめきが起きた。


 真理の盃とは、自分の命を担保に毒を飲み干し、己の潔白を証明する特殊な儀式である。

 その者が無実であれば、盃が毒を浄化すると言われているが、今まで生還した者は一人としていない。


「死刑も同然じゃないか」


 誰かの呟きが聖堂に落ちる。


 真理の盃は、ある種の“救済手段”として生み出された。

 重罪を犯せば、親族や関係者も同様に断罪され、家の財産も全て奪われる。

 しかし、罪人が毒を全て飲み干して死亡した場合、その死をもって罪は清算されたとされ、家や財産を守ることができるのだ。

 罪人からこの儀式を要求された場合、王家や教会もこれを拒めない。

 罪人に与えられた唯一の権利である。


 オーレリアは、ミアンゼルム公爵家を通じて、この真理の盃を要求した。

 ミアンゼルム家を守るためか、それとも家に捨てられたのか。

 同情と哀れみの眼差しが、オーレリアに注がれていく。


「オーレリア様」


 視線を上げれば、ナディアが立ち上がってこちらを見つめていた。


「あの、私……」


 ナディアはそれきり押し黙ると、目を潤ませて俯く。

 セオドールがそんな彼女を優しく抱きしめた時、ナディアの視線が再びオーレリアへと向けられる。

 そして、ナディアの唇が動いたのを、オーレリアの瞳がはっきりと捉えた。


『だから言ったのに』


 言葉の意味を理解し、オーレリアは耐えるように俯いた。


 結局のところ、全てが彼女の言う通りだった。

 家族や友人、そして目の前にいる愛しい人の顔が、次々と浮かんだら消えていく。

 肩を震わせながら、オーレリアは終わりの時が目前まで迫っていることを痛感した。


「ふ、」


 恐怖に震えているのかと全員が思った次の瞬間、オーレリアが天を見上げた。


「ふふ、あははは。あっはははは!」


 彼女は笑っていた。

 心の底から嬉しそうに、楽しそうに。


 場違いな笑い声を、その場にいた全員が息を呑んで聞いていた。

 死の恐怖に耐えられず、とうとう狂ってしまったのかと思いながら。


「ふふ、失礼をいたしました。感情が抑えきれなかったもので」


 静かになったオーレリアは、笑みの余韻を残したまま丁寧に謝罪する。

 そして、神官から真理の盃を受け取った。



 真理の盃の毒を飲んだ者は、ひどく苦しみながら死んでいくという。

 その様子を見た者たちは、同じ死ならば断頭台のほうがマシだと震え上がるほどらしい。


「何か言い残すことがあれば聞こう」


 セオドールの言葉を受けて、オーレリアは顔を上げた。

 自分の顔が最も美しく見える角度を意識して、彼女は口を開く。


「この盃が私の命を奪うとき、それは私が罪を犯したからではありません」


 オーレリアは、セオドールだけを一心に見つめて言葉を紡ぐ。


「この国が、あなたが、私を悪とするから死ぬのです」


 重々しい静寂が、その場を支配した。

 セオドールが、噛み締めていた唇を解いて、静けさを破る。


「……オーレリア・ミアンゼルム。自らの潔白を信じるならば……、盃を空けよ」

「拝命いたします」


 少しの怯えも見みせることなく、オーレリアは凛とした声で答えた。


 盃を覗き込むと、並々と注がれた漆黒の毒がとろりと揺れている。

 決して美味ではなさそうだ。

 二度、三度と呼吸を整えた後、オーレリアは盃に口をつけた。

そして、一気に喉へと流し込む。


「……っ!」


 舌に広がった強烈な苦味は、すぐさま痺れへと変わり、熱を伴った激痛となって襲いかかる。

 喉から胃へと灼熱が駆け抜け、オーレリアは思わず盃を取り落としそうになった。

 一気に飲み干したつもりだったが、盃の底には、一口分の黒が残っている。

 わずかでも残せば、罪の全てを清算することはできない。

 このままでは、犯してもいない罪だけが残り、ミアンゼルム家にも被害が及んでしまう。

 内臓という内臓が震え出し、抉られるような痛みを感じた瞬間、オーレリアの口から大量の血が溢れ出た。


 視界から色が急速に失われていく。

 その中で、ただ一つ褪せることのない蜂蜜色が揺れた。

 あれはセオドールの髪の色……。


 彼が浮かべた表情を見た瞬間、オーレリアは全ての力を振り絞って盃を握り直した。


 いついかなる時であろうと、彼の前で無様な姿は晒したくない。

 命乞いも、後悔も、恨み言も、涙も、何一つ見せてなるものか。

 可愛げがなかろうとも、傲慢であろうとも、屈することのないオーレリアでいたい。



 最後の一口を流し込む。

 ほとんど感覚を失った手で、盃を逆さに傾けた。


「愛らしいセオドール殿下。それではごきげんよう」


 盃が大理石に落ちて、甲高い音が響く。

 静かに、そして優雅に微笑んだまま、オーレリアはゆっくりと崩れ落ちた。


 視界が闇へ呑まれる中、遠くで誰かが自分を呼んでいるような気がする。

 オーレリアは残されたわずかな力で手を伸ばす。


――ああ、どうか……、


 彼女の祈りはそこで途切れ、彼女の魂は眠るように闇の中へと落ちていった。


明日、完結まで順次投稿する予定です。


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