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テンセイシャに脅されています  作者: 桃野ヒロキ


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1話 公爵令嬢と天聖者

初投稿です。よろしくお願いします。

※完結まで執筆済です!

「オーレリア・ミアンゼルム様! 今すぐ婚約を破棄をしてください!」


 カレンシア王立学園の中央庭園に響いた声に、オーレリアは振り返った。


「今、何と?」


 オーレリアが尋ねれば、その女子生徒は胸の前で手をぎゅっと組んだ。水色の瞳が、今にも泣き出しそうなほど潤んでいる。


「実は、未来が見えてしまったのです。このままだと、オーレリア様は婚約者から断罪されてしまいます!」


 オーレリアは黄金の瞳を細め、彼女を見つめる。

 小動物のような丸い瞳のせいか、どことなく幼くて無邪気な印象を受ける少女だった。

 ミルクティーを溶かし込んだような髪は肩より少し下で切り揃えられている。その毛先がパサついていることが少し気になりながらも、オーレリアは静かに口を開く。


「私が婚約者に断罪されると聞こえたのだけれど、聞き間違いかしら?」

「いいえ、間違ってません!」

「……誰が誰に断罪されると?」

「ミアンゼルム公爵家のご令嬢であらせられるオーレリア様。あなたは婚約者のセオドール・カレンシア第一王子殿下に断罪されてしまうんです!」


 女子生徒の言う通り、オーレリアは国内で最も長い歴史を誇る名家、ミアンゼルム公爵家の令嬢である。

 貴族が多く通うこの学園で、オーレリアを呼び止められる者は限られている。同格の家、高位の王族、教員、そして彼女が許した友人のみ。

 しかし、目の前の女子生徒はそのどれにも当てはまらない。


 彼女も自らの不敬に気がついたのらしく、慌てて声をあげた。


「いきなりお声がけしてごめんなさい! 綺麗な赤い髪が見えて、つい……」


 オーレリアは指摘された赤い髪を耳にかける。

 背中までまっすぐに伸びた自慢の赤髪は、毎晩しっかりと香油を馴染ませているおかげで、今日も毛先まで艶やかだ。


「見覚えのないお顔ね。編入生かしら?」


 オーレリアが穏やかに問えば、女子生徒は顔をあげ、こくこくと大きく頷いた。その拍子に、水仙の髪飾りが揺れる。

 それを見たオーレリアは、あぁ、と小さく声を漏らした。


「あなたがレグリーノ子爵のご令嬢ね。お名前は、ナディアさん、だったかしら?」

「私のこと、ご存知なのですか?」


 女子生徒――ナディア・レグリーノは、まん丸にした目をぱちぱちと瞬かせる。

 オーレリアは黙って笑みを深くすると、扇子で口元を隠した。一歩近づいて、彼女の耳元でそっと囁く。


「あなたが“天聖者(てんせいしゃ)”ね?」


 カレンシア王国の歴史書『カレンシア建国記』には、『天聖者(てんせいしゃ)』と呼ばれる者たちが度々登場する。

 時代の節目に現れ、国を災いから遠ざける不思議な力を持つ彼らを、天から遣わされし者という意味を込めて、人々はそう呼んだ。

 最初の天聖者(てんせいしゃ)はカレンシア王国の初代王妃で、未来を視る力を持っていたと言う。

 彼女の死からおよそ五百年後。同じ力を持つ少女がカレンシア王国に現れた。


「――ご挨拶が遅れてしまって、ごめんなさい。改めまして、ナディア・レグリーノと申します」


 ぺこりと頭を下げたこの女子生徒こそが、その天聖者(てんせいしゃ)である。

 顔を上げたナディアは、緊張した面持ちでオーレリアに話しかける。


「五日前に編入したばかりで、ルールとかよく分かっていなくて……」

「一学年のクラスでしたかしら?」

「はい!」


 ナディアは白い歯を見せて、ニコッと笑う。

 彼女は平民からレグリーノ家の養女に入ったという情報は事前に得ている。

 貴族のお作法には、まだまだ疎いらしい。

 

 ナディアの表情がほぐれたのを見届けてから、オーレリアは、本題を口にした。


「私が婚約者に断罪されるなんて、随分と面白い冗談ですこと」

「冗談ではないんですが……」


 オーレリアの瞳は切れ長で、真顔でいると不機嫌に見られることが多い。なるべく笑顔を崩さぬよう努めたつもりだったが、ナディアの表情はあからさまに曇っていった。


「オーレリア様に、どうしてもお伝えしたくて……」


 ナディアの未来視の力が発現したのは、つい半年ほど前のこと。まだ力は安定していないと聞いている。

 彼女が天聖者であることは極秘とされ、国王から関係者で箝口令が出ているはずだ。

 つまり今、ナディアは公爵気に無礼を働く元平民の子爵令嬢のように周囲には映っているだろう。


「ここは貴族達が集う場所。どこに目と耳があるか分かりません。不確かなことを軽々しく口にされるのは控えたほうがよろしいかと」

「で、でも……」

「場合によっては投獄されることもありますのよ」


 不用意な発言を避けるよう、やんわりと警告する。

 しかし、ナディアにはオーレリアの真意が伝わっていないらしい。

 彼女は肩を震わせ、瞳いっぱいに涙を溜めていく。


「わ、私はただ、いてもたってもいられなくて……」

「そう。どうしてもお話したいのなら、次からは侍女に手紙を持たせてくださる? 人目の多い場所で軽率に発言されては、庇いようがありませんから」

「侍女は、いなくて……」


 我慢できなかったのか、ナディアの瞳からぽろりと涙がこぼれた。

 公爵家の令嬢が子爵家の令嬢を泣かせているという構図は、あまり見栄えの良いものではない。

 人の往来は少ないが、それでもちらほらと視線を感じる。

 オーレリアはため息を飲み込んで、形ばかりの笑顔を浮かべた。


「そちらの家の事情も考えず、ごめんなさい。もしよろしければ、公爵家の方で侍女をお貸しすることもできましてよ」

「私って、そんなにみすぼらしいでしょうか……?」

「……。それぞれの家の方針というのがありますから」


 侍女を伴わない令嬢など、我が家は財政難と言って回っているのと同じである。

 心の中で同意しつつも、オーレリアは決して顔には出さない。

 親切にしたつもりが、裏目に出てしまった。どうやって泣き止ませようかと思案していると、オーレリアの背後で枯葉を踏む音がした。


「――ナディア?」


 その声を聞くや、ナディアの顔に笑顔が弾けた。

 オーレリアの横を駆け足で通り抜け、明るい声を響かせる。


「セオ様!」


 ナディアの姿を目で追う。

 彼女が男子生徒の無目に飛び込むその光景が、やけにゆっくりと、そして鮮明に、オーレリアの瞳に灼きついた。


「――は?」


 自分でも気付かぬうちに恐ろしく低い声が出た。

 しかし、目の前で婚約者が自分以外に異性に抱きつかれていたら、誰もがそのような反応になるだろう。

 彼も拒むどころか、白砂糖をたっぷりとまぶしたような視線で彼女を見つめている。

 そのせいで、余計に気分が悪くなる。


「……ごきげんよう。セオドール・カレンシア王子殿下。まだ日の高いうちから不貞行為だなんて、ずいぶんと大胆でいらっしゃいますのね」


 丁寧なカーテシーを披露したオーレリアは、嫌味たっぷりに微笑んだ。

 彼はゆっくりとナディアから体を離し、こちらを見る。

 サファイアを嵌め込んだような青い瞳から甘さが消えて、氷のように冷たく凍てつきはじめた。


「不貞行為をした覚えはないが、君に誤解させてしまったのであれば謝ろう」


 セオドール・カレンシアは、一切の感情が見えない声で形ばかりの謝罪を口にする。

 謝るぐらいなら、未だにピッタリとくっついているナディアは突き放していただきたい。


「恋人でもない異性に抱きつくなんて、ナディア嬢のコミュニケーションは随分と独特でいらっしゃるのね」

「あ……。ご、こめんなさい……」


 オーレリアの皮肉に、ナディアの瞳が再び潤み始めていく。

 どうやら彼女は、未来を見通す力だけでなく、瞳の水分量を自在に操る力も持ち合わせているらしい。


「ナディア。先生方があなたを探していたよ。何か約束があったのではないかな?」


 ナディアに優しく笑いかけるセオドールを、オーレリアはただ黙って見つめる。

 彼とは何度も言葉を交わしているはずなのに、あんな表情を浮かべているところを見るのは、随分と久しぶりだ。


「そうでした! セオ様、オーレリア様、お先に失礼します!」


 ナディアは勢いよく頭を下げると、そのまま慌ただしく足音を響かせながら去っていった。


 残された二人の間に、澄み切った真冬の風が吹き抜けていく。


「さて……、君にはまだナディア嬢を紹介していないはずなんだが。どうして二人でいたのか、説明を求めても?」


 額にかかった金髪を無造作にかきあげたセオドールは、素っ気ない口調でオーレリアに問いただした。

 そんな婚約者の態度に慣れきってしまったことに一抹の寂しさを覚えながらも、オーレリアは毅然と彼を見つめる。


「私も殿下に説明を求めます。第一王子ともあろうお方が、婚約者でもないご令嬢と抱擁を交わすなんて、錯乱の薬か魔術にでもあてられたのかしら?」


 青い瞳がさらに冷える。


「随分と棘のある言い方をするね」

「そちらこそ、随分と突き放した言い方をされますのね」


 セオドールは忌々しげに息を吐き、うんざりとした顔を浮かべた。


「君は、本当に可愛げがないね」

「そういう殿下はいつにも増して愛らしくていらっしゃること」


 そう言ってオーレリアが小首を傾げると、セオドールは気まずそうに唇を噛み締めた。

 それは、何か言いたいことを堪える時の彼の癖であることを、オーレリアは知っている。


「君は本当に……、可愛げない」


 セオドールのその声に、オーレリアの脳裏に一つの情景が蘇る。

 初めて彼と出会った王宮の庭園。そこでの、忘れられない思い出を――。


お読みいただきありがとうございます。


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