【最終話】 回転の終わりは来ない
――冷たい床。
目を開けると、外廊下に横たわっていた。
頬に触れるコンクリートは湿っており、鼻を突くのはあの生臭く甘ったるい匂い。
隣人の姿は、もうなかった。
ただ、洗濯機だけが――相変わらず、律儀に回り続けている。
ゴウン……ゴウン……。
その音に、心臓の鼓動が妙に重なって聞こえる。
気づけば、俺はふらつきながら洗濯機の前に立っていた。
逃げようと思っていたはずなのに、足は勝手に動き、視線はドラムの奥へ吸い寄せられる。
蓋に手をかける。
指先が震える。
開けてはいけない――頭の奥で声がする。
それでも、俺の手は恐る恐る蓋を持ち上げた。
ぶわっと濁った水蒸気が吹き出し、視界を覆う。
その中で、泡まみれの腕がゆっくりと回っていた。
白くふやけた皮膚、指の隙間からこぼれる泡。
まるで、まだ生きているようにドラムの中で踊っている。
「……っ!」
反射的に左手で口を塞ごうとした――
だが、その左手は存在しなかった。
肘の上から、何もない。
そこから、しずくが――ぽたり、ぽたりと洗濯機の中へ落ちていく。
しずくが落ちるたび、回転音はわずかに速くなった。
ゴウン……ゴウン……ゴウン……。
俺はそのまま、ゆっくりと前のめりに傾いていった。
水面が、俺を迎え入れるように揺れる。
そして――回転は止まらなかった。