【第4話】 隣人
ゴウン……ゴウン……。
外廊下で回る音は、まるで鼓動のように一定のリズムを刻んでいた。
俺の手元には、床に落ちてきた“腕”。
濡れた皮膚の匂いが部屋に広がる。
逃げるべきだ。
警察? いや、こんな時間じゃ……。
けれど、このままでは眠れないどころか、頭がおかしくなりそうだ。
俺は決意して、ドアを開けた。
外廊下の蛍光灯は、虫の死骸が詰まったせいでぼんやりとしか光っていない。
その下で、隣室の洗濯機が回っている。
中で何かがぶつかる鈍い音――ゴトン、ゴトン。
「……いるんですよね?」
声をかけると、洗濯機の回転が少しだけ遅くなった気がした。
だが、隣の部屋のドアは閉ざされたまま。
ためらいながらも、ドアノブに手をかける。
回らない。
当然だ。鍵は中から――。
「やっぱり……見に来たんだ」
不意に背後から声がした。
振り向くと、外階段の影に“隣人”が立っていた。
背の低い中年女、乱れた髪、そして腕までびっしょり濡れている。
笑っているのか、歪んだ口元からは歯が覗き、顎から水滴が垂れた。
「……汚れはね、落としきるまで、回さないといけないの」
その目は、暗がりの中でじっと俺を見つめた。
次の瞬間、洗濯機の回転が急に速くなり、ゴウン、ゴウン、と壁まで震わせる。
女はふらりと近づき、俺の腕を掴んだ。
冷たく、ふやけた手。
まるで――さっき部屋に落ちていた“腕”と同じ感触だった。