【第1話】 止まらない洗濯機
夜中の二時。
古い二階建てアパートの外廊下に、ゴウン、ゴウン、と不規則な回転音が響いている。
耳障りというより、骨にまで染み込む振動だ。
一度気になりだすと、眠れない。枕を耳に押し当てても、音は壁をすり抜けてくる。
隣に引っ越してきたのは、三日前。
昼間は見かけないが、夜になると必ず洗濯機が動き出す。
それも一時間や二時間ではない。朝まで、いや、昼間まで……ほぼ一日中だ。
古いアパートだから、玄関脇の通路に各部屋の洗濯機がむき出しに置かれている。
だから余計、音が響く。
「さすがに異常だよな……」
四日目の朝、仕事明けの俺はついに決心した。
不眠のせいで頭は重いし、心臓は変なリズムで脈打っている。
玄関を出ると、隣の洗濯機は今日も回っていた。
ドラムの中で、何か重いものが、ゴトン、ゴトンとぶつかっている。
チャイムを押す。
……返事はない。
もう一度、少し長めに押す。
中から人の気配はする。
しかし、足音も、物音もない。
俺は深呼吸して、声をかけた。
「……あの、洗濯機の音が……ちょっと、うるさいんですよ!」
沈黙。
その沈黙の中で、洗濯機の回転音だけが、やけに鮮明に耳へ突き刺さる。
……ゴウン。ゴウン。ゴウン。
その時、ドアの郵便受けの隙間が――
ほんのわずかに、内側から押し上げられた。