V. 3rd generation:『ふたりの母のかたち』
「また、ソドムとゴモラおよび周囲の町々も彼らと同じように、”好色にふけり、不自然な肉欲を追い求めた” ので、永遠の火の刑罰を受けて、みせしめにされています。」ユダの手紙7節(ソドムとゴモラの同性愛事件は創世記18章~19章
プロローグ:出会いの午後
熊野深雪が赤岩楓と初めて出会ったのは、教育委員会の主催する地域未来フォーラムだった。
「……あなた、あのとき“生殖の多様性”の分科会で発言してた人ですよね?」
「うん。教師って、ほんとは誰より先に“未来の家族像”を学ばなきゃいけないと思うの」
スポーツインストラクターとして講演していた楓が、ふと口元を緩めた。
「じゃあ、子どもに“正しい身体”ってなんですか?って聞かれたらどうする?」
「正しいなんてない。ただ “あなたの身体”を知ることが大事だって答える」
その返事に、楓は深雪の隣に座ったまま、少しだけ顔を赤らめた。
<ふたりからの願い>
2050年代、同性カップル間での生殖技術が法的に承認され、実験段階ではあるが染色体編集による「遺伝的両親」からの子ども誕生が一部で始まっていた。
赤岩楓と熊野深雪は、あかりの大学院時代からの友人だった。
あかりの研究室に、ふたりが手をつないで訪れたある夜——
「……あかり、相談があるの」
深雪が口を開いた。
「私たち、子どもがほしいの。…… “ふたりの遺伝子”で」
あかりは、真剣な表情で頷いた。
「X染色体の組換えを介した卵子ペアからの胚形成は、まだ初期段階だけど——理論的には可能よ」
「社会が、私たちの子どもをどう見るか。それが怖くて」楓がうつむく。
あかりはそっと言った。
「生まれてきた子が “ふたりに似てる”と言われたとき、きっとあなたたちの選択は救われるわ」
「でもその子は、誰より先に『私は誰か』を問うのよ」深雪が静かに続ける。
「だからこそ、問いに応えられる大人になって。……私も、あの子たちも」
その夜、ふたりの“未来”が静かに灯った。
<父と母、どちらになる?>
光次の誕生から1年後、次の子どもを迎えることを考えはじめたふたりの間に、ある葛藤が生まれた。
「深雪、次は……私が“産んでも”いい?」
楓の声は、どこか遠慮がちだった。
「……それって “交代”ってこと?」
深雪は少し笑いながらも、その奥に揺れる不安が見え隠れしていた。
「私は、光次を“あなたの子”って言われるたびに、羨ましかった。私だって、自分の身体で——」
「でも、誰が“母親”で、誰が“父親”かって……決める必要あるの?」
沈黙が落ちた。ふたりは互いの視線を外せなかった。
その晩、ベッドの中で、深雪がふいに口を開いた。
「性転換のこと、考えてた? 楓……あなたが “父親”になるって」
楓は目を閉じて、ゆっくり首を振った。
「私は…… “女性として”あなたと暮らしたい。でも、家族の“かたち”のために、身体を変えることが“正解”だとは思えない」
深雪はその手を握った。
「ありがとう。私も同じ気持ち。じゃあ、私たち “母”も“父”も共有しよう」
「どういう意味?」
「役割じゃなくて “責任”として。誰が産んだかじゃない。誰がその命を生き抜く覚悟をもつか——で決めたい」
ふたりの瞳が静かに重なった。
<未来の名を授かる日>
そして、第二子が生まれた日。
小さな産声をあげた娘に、ふたりは「未来」と名づけた。
「光次は “光を継ぐ者”だった。未来は、その先を照らす者」
深雪が娘を抱きながら言うと、楓も小さくうなずいた。
「ふたりとも、私たちの“愛のかたち”の証だね」
子どもたちの出生届には “親1:熊野深雪” “親2:赤岩楓”と記された。
法も、社会も、まだ完全には追いついていない。
それでもふたりは、家族であることに何の疑いもなかった。
「きっといつか、未来は“私たちみたいな家族”が当たり前になる日が来る」
楓がつぶやいた。
「その時のために、私たちはこの“今”を生きるの」
未来の小さな手が、ふたりの指を握り返した。
その温もりに、何も言葉はいらなかった。