IV. 2nd. generation:あかり “科学が生んだ子”から“科学を照らす子”へ
(モノローグ)
私は、母とうり二つだとよく言われる。
実際、昔の電子アルバムを開いてみると、そこにはまるで今の私が写っているのかと見紛うような、若い日の母の写真がある。
ケーキを囲んで、祖父母と一緒に微笑んでいる母。たぶん、七五三か、誕生日か。
画面の中の彼女は、ほんとうに幸せそうで——まるで“ふつうの子ども”みたいだった。
でも私は、ふつうじゃない。
私は、父と母の間に生まれた兄、一太郎と同じ家庭で育ち、
父である南雲一郎に、愛され、育てられてきた。
それでも——私は、“父の血”を一滴も持っていない。
私は、母の細胞から、母自身によってつくられた“娘”だった。
——世界初の、自己由来iPS細胞による単為受精児。
私は「娘」であると同時に、母の“問い”だった。
だからこそ、私は、自分自身の“応答”として、生きなければならない。
<父はいる、けれど......>
中学の自由研究で、生殖細胞分化のレポートを書いたとき、
父・南雲一郎に話を聞こうと、大学の研究室に立ち寄った。
「おう、あかり。お前が来ると、みんな研究そっちのけになるから困るよ」
父はいつも通り、柔らかく笑う。
研究仲間の院生たちが「先生の娘さんって、本当に灯先生にそっくりですね」と言った。
そのとき、父が何気なく言ったひと言。
「まったく。あかりは、灯の“分身”みたいなもんだからね」
その言葉が、胸に小さな棘のように刺さった。
——私は、分身?
家に帰って、兄の一太郎に訊いた。
「ねえ、一太郎……私は、パパの“娘”って言えるのかな?」
「何言ってんだよ。俺たち兄妹じゃん」
「でも、私はパパのDNA持ってない。あなたと“半分も同じ”じゃない」
「血なんてどうでもいいよ。毎朝起こしてくれたのはパパだし、
俺の相談に乗ってくれたのも、お前だ。家族って、そういうことだろ」
——一太郎の言葉は、まっすぐだった。
けれど、まっすぐすぎて、刺さった。
<ラベルとアイデンティティ>
高校の生物で「有性生殖と単性生殖」について学んだ日。
黒板に書かれた“無性生殖”“単為生殖”という単語に、私は言いようのない違和感を抱いた。
帰宅後、母に訊いた。
「ねえママ……なんで私を、あんなふうに生んだの?」
「“あんなふう”じゃないわ。あなたを、“私の祈り”として迎えたの」
「でも、それって“愛”じゃない。ママの……“実験”でしょ?」
母は静かに首を振った。
「違う。でも、たしかに“科学の子”だった。だけど、あなたの人生は——あなた自身のものよ」
私はその晩、自分の出生に関する記録が記されたレポートを読み返した。
——被験個体AR-01。母細胞:灯。精子様細胞由来:同 灯。
私の命の“設計図”には、父の名は一文字もなかった。
<わたし vs. ふたり>
兄と両親が笑い合っている風景の中で、ふと自分だけが“異なる成分”でできていることを痛感する瞬間がある。
リビングでテレビを見ながら、兄が言った。
「俺、小学校のときパパに怒られて泣いたな〜。あかりは?」
「怒られた記憶、ないかも……」
「そっか。パパ、やさしすぎんだよな。お前には特に」
——その“やさしさ”が、逆に私を遠ざけた気がした。
夜、父とふたりきりになったとき、私は訊いた。
「パパ。……私のこと、本当に“娘”だと思ってる?」
父は静かにうなずいた。
「もちろんだ。遺伝子は関係ないよ。君を迎えたとき、僕は——
“あかりの父になる”って決めたんだ」
「でも……私の名前 “あかり”って」
「“ともり”の“光”だ。君の母の火が、未来に続く証として。
でもそれだけじゃない。“光”は“照らす側”でもある。
君が、僕たちのこれからを照らす“ひかり”でいてほしいと思った」
私は泣かなかった。けれど、その言葉は、胸にあたたかく灯った。
<社会の目と自分の名前>
大学に入り、生命倫理を専攻した私は、
非配偶者由来出生者に関するシンポジウムでスピーカーに指名された。
スピーチ直前、控室で鏡を見つめながら、自問する。
「私は、誰の娘でもないのかもしれない。
でも、誰の“所有物”でもない。私自身が、私の始まりなんだ」
壇上に立った私は、はっきりと語った。
「私は、自己由来単為受精という技術によって生まれました。でも私は“母のコピー”ではありません。
——私は、私です。
父と母の愛に育まれ、兄と笑い合い、問いの中から自分を選び取ってきた。
だから私は、こう名乗ります。
“柊あかり”。科学が生んだ命。意志でつながる家族の娘。
そして未来を照らす者です」
<私は、”あかり”>
研究者として、私は母と同じ分野に進んだ。
けれど、私はもう“誰かの再現”ではない。
私が望むのは、他者の選択を支える“場”をつくること。
——ある夜、ノートにこう書きつけた。
「母が“問”だったように、私は“答”になる。
誰かが、孤独から命をつなごうとしたとき、
私は“その手段”ではなく、“その居場所”でありたい」
私は、あかり。複製ではない。
母の祈りと父の選択が灯した、ひとつのひかり。
——その名の通り、生きていく。