覚悟
三題噺もどき―ろっぴゃくきゅうじゅうはち。
少し前までは静かだったはずの部屋の中に、雨音が響きだす。
どうやら雨が降り出したようだ。
梅雨だからそれは当たり前だけど、降ったりやんだりと忙しない。
「……」
リビングのソファに座っていた。
特に何をするわけでもなく。ぼうっと。
一応、膝の上に本は広げられているけれど、どうにも読む気にはなれない。
たまに気が付いて、目を落として、文章を追いかけてみたりするけれど……目が滑ると言うか、頭に内容が入ってこないと言うか。
「……」
どうにも今日は、低気圧のせいか、頭痛が酷い。
そのせいであまり仕事に集中できなかった。
まぁ、最低限の仕事はやったけれど、限界が早くて、早々に切り上げた。
集中が出来ない状態で仕事をしたところで、パフォーマンスが落ちるだけだ。
「……」
それに昨日の事もあって、どうにも……。
手が動かないと言うか、なんというか。
本調子になりきれない。
「……」
今朝のこともあるのだ。
いつも通りにベランダに出て、煙草を吸っていたのだけど。
昨日の接触後だったからはたして何かしてくるだろうかと思っていた少女が、その姿すら見せなかった。いつもより長めに居座ってみても、その気配すらなかった。
「……」
それならそれで、終わったものだと思ってもいいのかもしれないが。
そうではないような気がしてならない。
後何か一つ、ありそうで、なさそうで、気持ちが悪い感じがしている。
こういう中途半端な状態が一番苦手なのかもしれない。
「……」
そして、昨日の接触で分かった……というか確信に至ったが。
アレは、確実に、4月に手紙を送ってきた奴と繋がっている、繋げられている。
少女自体は、どこにでもいるような普通の人間だが……何を介してどうして繋がったのか知ったことではないが、なんて面倒なことをしてくれたのだろうとは思う。
「……」
人間との接触を必要最低限にして、こちらが悪だと思われないように隠れながらこうして生きていたのに。化物なんて、いるだけで悪だと思われかねないから隠していたのに。
人間との接点どころか、縁を繋いで、私に接触しようとするなんて……時代錯誤もいいところだ。人間が玩具だった時代なんてとうに過ぎているのに。
「……」
面倒だ。
とにかく面倒だ。
「……」
おおかた、あの少女のような年代の子が誰でも抱えるような、羨望や嫉妬や不安に付け込んだんだろうけれど……それをしていいのは悪魔だけだ。吸血鬼も悪魔も変わりはしないだろうけど。こちら側へ入るのれんを少女からくぐらせてしまっては、あの子の意志で関わっているような形にしてしまっては。
「……」
無理やり巻き込んだのなら、それはこちらが悪だから、どうにかして引きはがす。
しかし、あちらから望んで来てしまっては、それは悪とは言えないから、引きはがしようがない。はがしたところで、もう一度こちらに来ようとするのが目に見えている。蜥蜴の尻尾取りのようになる。
それが、少女一人で終われば最悪いいのだが、木乃伊取りが木乃伊になるになってしまったらどうする。人間は、特にこの国の人間は、そういうのに影響されやすいではないか。
「……」
ここに居られなくなるのが一番困る。
結局は自己中のようで申し訳ないが。
この家は、今までの中で一番平和で幸せに生活できている場所なのだ。
ようやくできた、アイツにとっても安心できる場所なのだ。
「……」
昨日、服を切られたせいで、問い詰められたし。
巻き込みたくないのだから、ホントに勘弁してほしい。
「……」
あぁ、面倒だが。
明日にでも決着をつけた方がいいのだろう。
これからの生活を守るためにも。
「……大丈夫ですか」
「……何がだ」
「……何でもないならいいんですけど」
「……明日には終わるよ」
「…………そうですか」
お題:雨・嫉妬・のれん