第89話 万死に値します
ズン一家のアジトに、轟音が響き渡った。
轟音と共に砂や埃が舞い上がり、何が起きたのかすぐに確認できない。
「なっなんだ!お前ら!何が起きた!?」
「ゴホッゴホッ……何も見えやせんお頭!砂と埃が……ゴホッゴホッ」
「この馬鹿どもが!さっさと風魔法を使え!」
盗賊の一人が使用した風魔法で、徐々に砂煙が晴れていく。
アジトの入口付近、砂煙に揺れる影が一瞬死神に見えたのは、果たして錯覚だったのか……
砂煙がすっかり晴れると、そこへ立っていたのは、冷たい表情をした一人の少女だった。
「おん……な?おい女!何をした!?お前は何者だ!」
ズンはその異様な光景に、気味悪さを感じていた。
轟音と共に吹き飛ばされたのは、アジトの扉だけではなかったのだ。扉と一緒に、周囲の壁も吹き飛んでいる。
「ふぅ。ケンリー君もサイラス君も無事ですね。私ですか?私はその子たちの先生です」
「せ……先生だぁ?ガキがガキの先生だってのか!?馬鹿げたことを抜かすな小娘が!」
ズンの言い分は尤もだろう。事実、ケンリーもサイラスもマリアより少し年上であり、普通に考えれば、マリアがこの二人の先生というのは無理がある。
「あなたは盗賊の親玉ですか?特にあなたと問答するつもりはありません。さ、二人とも帰りますよ」
ケンリーとサイラスは、マリアの姿を見て一気に心を持ち直した。
「だっ!駄目ですマリア先生!エミリーが……エミリーが捕まってるんです!」
「そうです先生!きっと僕達のいるこの部屋とは、別の部屋に監禁されてるはずです!」
二人は苦しそうに叫んだ。
怪我が辛くて苦しいのではない。
先ほどのズンの言葉を聞いた二人は、エミリーが酷い事をされた後だと理解しているのだ。
そして二人は、衝撃の事実を知る事になる……
「ん?エミリーちゃんなら寮にいますよ。ここに来る前に少し会いましたし」
「「え?」」
「昨日の夜も、門限までに帰って来ていたようですよ?」
「「えええええええ!?」」
(なぜだ!?もしかして昨日見たのは、エミリーに似た子なのか!?)
(そんな……僕達がこんな目に遭ってるのは、無駄だった……!?)
放心状態の二人の怪我を見て、マリアは『ヒール』を投げて傷を完全回復させる。
「なっ!?なんだその魔法は!!?なぜガキ共の傷が治った!?」
「ですから、あなたと問答する気はありませんよ」
マリアとズンのやり取りも、自分たちの怪我が治ったことも、ケンリーとサイラスは頭に入って来ない。
エミリーが誘拐されてしまったため、怒り狂ったマリアがここへ来たと思っていたのだが、そのエミリーは誘拐されてないと言う。
それなのにあの剣幕で現れたという事は……
((俺達(僕達)のことを心配して来てくれた!?))
「盗賊の皆さん、あなた達のせいで学園は今日お休みになりました。今日の授業……クロエちゃんがとっても楽しみにしてたのに……万死に値します!」
((それが理由かぁーーーい!!))
息の合った心の叫びを見せる二人であったが、とんでもない事に気が付いてしまった。
マリアは未だに冷たい表情をしている。もしもマリアが、怒りに任せて大暴れしたら……
((王都が滅ぶ!!))
二人がその答えにたどり着いた時、事態はますます最悪の方向へと向かっていた。
「気味の悪い女だ!だが見た目はいいな。おいお前ら!俺のスキルで動きを止めるから、捕まえて裸にひん剥け!」
そう下っ端たちに命じると、ズンはスキル『威圧』を放った。
『 動 く な 』
ビリビリと大気を揺らす振動が、マリアに襲いかかる。
「ほう……大抵の奴はその場にへたり込むんだが、ガキの癖して根性あんじゃねぇか。おいお前ら!動きは止めたからさっさとやれ!」
下っ端たちが動き出そうとした時、マリアはおもむろに腕を組み、不思議そうに首を傾げながら口を開いた。
「あの、普通に動けますけど?」
「「「「「ええええええええ!?」」」」」
盗賊たちは驚きの声をあげるが、ケンリーとサイラスは((マリア先生だしまぁそうだよね))としか思っていない。
「私の動きを止めたかったんですか?でしたら私がお手本を見せましょう。生徒たちがいるので手加減しますけどね」
マリアがそう言い放った直後、その場にいる盗賊たちの体に、何本も何本も……次々と刃物が突き刺さる。
ある者は悲鳴をあげ、ある者は泣き叫び、ある者は泡を噴いている。
「ぐぁああああ……あ?ま……幻!?おい小娘!魔法を使いやがったのか!」
「はぁ……理解が浅いですね。魔法なんて使っていません。ほんの少し、本物の殺気をぶつけただけですよ」
うん。ケンリー君とサイラス君には、なるべく影響のないようにしたつもりだけど、どうやら上手くいったようだね。
だが、その余りに酷い盗賊たちの状態を見て、二人は顔を真っ青にしている。
((ヤバい!ヤバいヤバいヤバいヤバい!本当に王都が滅ぶぅぅう!!))




