第81話 ノブレス・オブリージュ
それは不思議な光景だった。
崩れ去った王城を背景に、王都に住まう者達は笑顔でお祭り騒ぎなのだ。
新たな王となったレオナルドが、即座に税の引き下げを御触れで出した事も良かっただろう。
まず七割の税を五割に変更し、将来的に四割を目指すらしい。
レオナルドさんは内情を知っているのだろうから、四割でも十分に成り立つんだろうね。
このまま賢王になってくれる事を祈るよ。
さらに王都では、学園に対する評価がうなぎ上りらしい。
その理由は簡単だ。
虹の聖女様がヘリオルス王国へ来てくれたのは、学園の働きかけによるものだと分かったからだった。
あれ?そういえばこの国には、私以外の聖女がいるんだよね?全くその話を聞かないけど、どこにいるんだろう?
それとせっかく学園に来た訳だし、早くエミリーちゃんに会いたいな!
王城が崩れ去ってから数日間、学園は臨時休園、生徒は自宅または寮で待機!となったため、マリアとクロエは宿で暇を持て余していた。
「マリア様はたったお一人で大国を滅ぼす……凄すぎますよー!」
「いやいやクロエちゃん、滅ぼしてないよ?お城を壊しただけだよ?」
何もやる事のないクロエは、ご機嫌で延々とナナイロを磨いている。
こうしていても暇だし……王都観光も兼ねて、露天巡りに出掛けようかな!
マリアは大喜びのクロエを連れ、爆買い露天巡りを開始した。
「お店と他のお客さんが困らない量を、全て売って下さい」
いつもの調子で、目に付く食べ物をどんどん買い込んでいくマリアであったが、途中で立ち寄った教会が良くなかった。
教会では自分が虹の聖女だと明かしたのだが、ラナーや教皇から如何に虹の聖女様が素晴らしいか……といった話が回っていたらしく、大興奮のシスター達が街中で触れ回ってしまったのだ。
あっと言う間にマリアが虹の聖女だと王都中でバレ、例の如く行く先々で大歓声に包まれるようになってしまった。
まぁ……私が褒められるとクロエちゃんが嬉しそうにするし……良いか!
そうして騒がしい王都を散策していると、人混みをかき分け、多数の兵士達がマリアの前へ現れた。
そしてその兵士たちの中央から現れたのは……レオナルドだ。
民たちは固唾をのんでその様子を見守っている。
マリアがはて?なんだろうかと考えていると、レオナルドと兵たちが一斉に跪いた。
「虹の聖女マリア様、我が父の数々の無礼、大変申し訳なく……必ずこの国は……王家は変わってみせると誓います!」
新たな国王が、幼い少女へ跪く姿……あり得ない光景に驚きを隠せない民達だったが、なぜかその王の姿は、とても美しく見えた。
「レオナルドさん……いえ、国王陛下。国とは……なんだと考えますか?」
マリアの問いかけに、レオナルドは迷うことなく答える。
「国とは、民です。民なくして、国はない」
「……ノブレス・オブリージュ(高貴たる者の義務)を忘れぬようにして下さいね。陛下の手腕に期待しています」
ニッコリと微笑みかけると、マリアはクロエを連れ静かにその場を離れた。
そしてその場にいた民たちは思うのであった。
(((((カッ、カッケェェェエ!)))))
そしてクロエもまた思うのであった。
(マリア様やべぇぇえ!かっくいいぃぃぃい!)
───◇─◆─◇───
ヘリオルス王国は大国である。
その分、領地やそこを治める貴族の数も多い。
事情を知らない貴族の中には、王位が第一王子のレオナルドに渡ったことを喜ぶ者もいれば、その逆もいて当然である。
良からぬことを考える者も少なくなかった。
が、問題は起きなかった。
王都から次々と届く手紙や報告書には、王城の惨劇のことが書かれており、その中心人物は虹の聖女様……そしてその聖女様の働きかけにより、王位がレオナルドに渡ったと書かれている。
これだけであれば、聖女であってもたった一人の少女が王城を崩せる訳があるまいと、一笑に付すところなのだが……どの手紙や報告書にも、どれもこれも同じ一文が書かれているのだ。
≪絶対に虹の聖女様を怒らせるな≫
この気味の悪くなるような現象に、貴族達は寒気を感じた。
多数の従者が働く王城を、たったの一人の怪我人を出すことなく潰し、あの暴君と呼ばれる王を屈服させる少女……それは果たして神か悪魔か。
通常、王の交代となれば多少の混乱が起きるのだが、若王レオナルドを民たちは歓迎し、見えない何かに怯える貴族達は、いつもと変わらず……いや、いつも以上に真面目に領地経営に勤しんだのであった。
───◇─◆─◇───
「ねぇクロエちゃん、この国には私以外の聖女がいるらしいじゃん?クロエちゃん会うの楽しみ?」
「え?他の聖女様のことはどうでも良いですー!」
あれ?クロエちゃんって聖女が好きって訳じゃないんだ?でもどうでも良いって……もう少し興味持とうよ……
とかなんとか心の中で呟きつつ、ニヤニヤしながらクロエの頭を撫でるマリアであった。




