第78話 昨日はどうも
ヘリオルス王国へ入国し、さっそく事件を起こしてしまったマリアであるが、その光景を見ていた王都の住人たちの反応は、驚きのものだった。
「嬢ちゃん良くやってくれたぜ!」
「見た?あのボンクラ王子の顔!もう最高よ!」
「今日は最高の日だ!美味い酒が飲めるぞー!」
「英雄だ!可愛い英雄が王都に現れた!」
なんとまぁ……ここまで嫌われてる王族って、なんかもう時間の問題じゃないか?
大歓声を受けながら、マリアとクロエは宿屋へと向かった。
「ふわぁぁあ!大きな宿屋ですねー!」
「王都で一番の宿って言ってたしね」
この日はこのまま宿で過ごし、学園に向かうのは明日だ。
クロエは「大きい宿屋ですね」と言った後は、特に宿のことを褒める事はなかった。
そりゃそうだよね。部屋も広くて綺麗だし料理も美味しい。でも常に伯爵邸で暮らしているクロエちゃんからしたら、別に普通の事だし、なんなら私が作った『便器』の無いこの宿に、不満すら感じているようだ。
宿の部屋から暗くなった外を眺めるが、この街にも街灯はあるようだ。ただし薄暗い明かりで、なんとも頼りない街灯が。
さ、明日は学園に行って挨拶しないとね。
───◇─◆─◇───
「ふわぁぁあ!立派な学園ですねー!」
「……なんでも大陸一の学園らしいよ」
なんとなくクロエの反応を、昨日も見た気がするマリアだったが、気にすることをやめた。
マリアは自分が聖女だと分かりやすいよう、今日は聖花の紋章を『スタンプ』で隠してはいない。
そして二人は今、学園長室の中にいた。
「ようこそ御越し下さいました虹の聖女マリア様、クロエさん。私は学園長のエレノア・グリーンウッドです。あの……王都への到着が異常に早くないですか?」
おお!綺麗な金髪ロングヘアーの……エルフのお姉さん!エルフだから歳は全く分からないけど……ん?グリーンウッドって言ったね。
「私達は特別な移動手段があるんです。それよりも学園長は教皇様……アレイスターさんのご親族なんですか?」
「まぁ!ご存知なのですか!?私は曾孫にあたります」
「そうだったんですね。教会には色々とお世話になっていますし、アレイスターさんには助けて頂いてるんです」
なんとなく共通の話題があって良かったよ。さて、そろそろ本題を切り出すかな。
「あの、学園の教師に対して、講義をしてほしいと伺っているのですが……どういう事ですか?」
「……私達の学園は、剣術も魔術も一流の教師陣のもと指導しています。生徒に至っても、入学が認められるのは、グライド大陸の中から才能有りと判断された者のみです。そして先日……まだ10才の生徒が無詠唱で……私達の誰も知らない魔法を披露しました。魔法の概要は生徒が教えてくれたのですが、学園の教師は誰一人として再現できず、みんな自信を失ってしまっていて……」
んん?そんなに難しい事はしてないんだけどね……エミリーちゃんもそうだけど、クロエちゃんだって属性違いで使えるし……
「その生徒、エミリーさんが言うには、詠唱する呪文自体が存在していないと……」
ああ!そこか!魔法は詠唱ありきって文化だから、無詠唱のオリジナル魔法を説明されても、簡単に真似できないんだね。
でもあの魔法は、クロエちゃんとエミリーちゃんのために教えたものだから、他の人に私から教えるつもりはない。自分達で考えて、それで使えるようになるなら何も文句ないけどね。
「それであの魔法を教えた私に講師を……とりあえず授業の様子を色々と見せてもらう事は可能ですか?」
「それは勿論!一部のクラスを除いて可能です」
「一部のクラスとは?」
「……その……学園は年齢関係なく、幾つかのクラスに分かれているのですが、もっとも優秀な生徒達が集まるのが特級クラスです。ただその特級クラスには、問題行動を起こす生徒がいまして……」
「なるほど!では特級クラスの見学に行きましょう」
「ええええええ!?」
面倒な物事ほど、さっさと片付けた方が良い。問題あるクラスを最初に見ておいた方が、後が楽になる。ただそう思ってのマリアの発言である。
特級クラスは現在、外の広場で剣術の授業中らしいので、学園長と三人で向かう。
マリア達が特級クラスの授業の場に到着すると、生徒たちは模擬戦をしているようだ。そして初老の男性教師がこちらに気が付き、声をかけてきた。
「これは学園長。見学ですかな?そちらのお二方は?」
「ジョゼフ先生こんにちは。こちらは虹の聖女マリア様と、その従者のクロエさんです」
「おおおおお!噂の虹の聖女様が学園に来て下さったのですね!!」
ジョゼフの大声と虹の聖女という言葉に反応し、模擬戦をしていた生徒達は手を止め、その視線が一斉にマリアとクロエに集まった。
その中の一人の生徒が、マリアを見た瞬間ガタガタと震え、握っていた木剣をその場に落とす。
おや?学園の生徒で、特級クラスだったんだね。
「昨日はどうも馬鹿王子!心は入れ替えましたか?」
「「「「「えええええええ!?」」」」」
誰もが思っているが誰も言えない事を、あっさりと言ってしまった虹の聖女様に、その場にいるクロエ以外の者達、全員が驚愕の声をあげるのだった。




