第75話 怒りのエミリー(10才)
レオナさんが採用した、薬品部門の従業員10名は、毎日とても楽しそうに働いてくれている。
大半が、魔獣被害や事故で旦那さんを亡くした女性で、単身で子育てしている人もいるようだ。
レオナには十分なお給金を支払ってあげるよう言ってあるし、毎日の生活に困ることがないようになるだろう。
マリアはたまに転移で『聖女特別領地』に赴き、工事の状況を確認したり、古龍のドライゼンと食事を楽しんだりしている。
現在ドライゼンが暮らしている『聖女特別領地』内の山には、どこからともなく魔獣が集まりだしているようで、ドライゼンが食事に困ることは無いらしい。
「フフッ……まさか我が小さき者と何度も食事を共にするとは……長生きはしてみるものだな」
「私と食事するのは嫌でしたか?でしたら控えるようにしますけど?」
「いやっ!そんな事はないぞっ!こういった時間もまぁ……良いものだと思っておるぞ!」
「それなら良かった!まだ先になりますけど、ドライゼンさんの好きな豚汁を大量に作れるようにしますから、その時はたくさん振舞いますね」
「うむ!期待しておる!」
マリアはとても充実した日々を過ごしていた。
最近は本当にたくさんの人々が、他国からこのロートリンデン王国に入国している。
そしてこの国の宿に泊まり、食事をし、肥料や化粧品、その他のお土産を買い、見たこともない高性能な街灯に驚き帰っていく。
ロートリンデンの一部では宿屋の建設ラッシュだと、特地で働く作業員さんが教えてくれた。
うんうん。まだまだ他国からお金が流れ込んでくると思うし、どんどん潤うこの国の噂も、さらに拡がっていくだろう。
帝国が何か嫌がらせをしてきてるって情報もないし、古龍ゾンビを失って帝国上層部は混乱中なのかな?まぁ古龍ゾンビの件が、本当に帝国の差し金かは定かじゃないけど。
マリアは新しい魔道具の構想が幾つかあるのだが、どれもまだ着手はしていない。
実は特地に街が出来たら、ドドガとレオナは付いて来る事になり、そこで本格的に聖女商会の商品開発をする事になったのだ。
クロード伯爵邸の作業場は、聖女商会オーレン支部として今後も活動を続ける。
それにしても、特地に街が出来るのはまだ先なのに、すでに移住希望者が殺到しているなんてなぁ……でも教会が協力してくれる事になって本当に助かるよ。
ロートリンデンの各地で、『聖女特別領地』への移住希望者が溢れているようなのだが、その第一陣の選定は各地の教会内で面談し、そこで移住許可証をもらえた者のみとなった。
世界初となる『聖女特別領地』に、おかしな者を送る訳にはいかない……ってことらしく、国王陛下も協力してくれてるらしい。国王様は特地の街造りのための、資金援助もしてくれてるし……なんか申し訳ないね。
そんなある日。
領主邸に帰宅すると、マリアはクロードに呼び出された。どうやら他国の学園に行ったエミリーの事で、何かあったらしい。
数枚の手紙を、ブルブルした手で持つクロードさんの説明によると、学園の上級生がエミリーちゃんのクラスメイトをいじめていて、最終的に学園内で攻撃性の魔法を使用したらしい。それに怒り狂ったエミリーちゃんが、飛び交う魔法を『シャドウライド』で華麗に躱しながら上級生に急接近、そのままの勢いで腹部にキック一撃……上級生を数メートル吹っ飛ばした……らしい。
「「おおおおお!!」」
頭を抱えるクロードとは対照的に、マリアとクロエは拍手をしている。クロードの後ろに控えるサンジュも力強く頷き、クロードの隣に座るリサは満足気な表情をしている。
さすがエミリーちゃんだね!『シャドウライド』をただの移動魔法としてではなく、しっかりと攻撃に繋げる応用力!うんうん、大変素晴らしいよ!
手紙はエミリーからと、学園側から届いたようで、マリアはエミリーからの手紙を受け取り目を通した。
「ふむふむ……エミリーちゃんの正当性が認められて、お咎め無しと書いてますけど、クロードさんはどうして頭を抱えているんですか?」
「……学園側としてはそう判断してくれたが、相手が悪かった……」
「どこかの有力貴族の子供だったんですか?」
「……学園のある国は、帝国と並ぶ大国の『ヘリオルス王国』なのだけど……そこの第二王子なんだよ」
「「おおおおお!!」」
「なぜそこでマリア殿とクロエは拍手が出来るんだい!?」
いや、まぁクロードさんの気持ちも分かるけど、馬鹿が権力を持つと本当に厄介だからね。誰かが分からせてあげる事も必要だよ。
「で、そのヘリオルス王国が何か言ってきてるのですか?」
「いやそれは今の所ないのだが、今後何かあるかもしれない……それと……」
「それと?」
「……エミリーの魔法を見て聞き取りした学園側が、エミリーに魔法を教えた聖女様を、特別講師として招きたいと……」
「え……私に学園の生徒たちの、講師をしろって事ですか?」
「いや……学園の教師たちの……講師をして欲しいと……」
「はあ?」
力の抜けた返答をするマリアの後ろで、いそいそと旅支度を始めるクロエであった。




