第64話 王都防衛戦⑤ 災厄きたる
さっきのあの黒い水晶玉は、魔道具だったのかな……隙を見て水晶を奪おうと思ったのに、まさか握りしめるだけで壊れて発動するなんてね……
マリアの目の前では、大量の黒い煙が竜巻のように渦を巻き、薄暗い空では雷が鳴り響いている。
ただ事ではない状況に、後方にいた冒険者や王都軍たちが、マリアの元へとやってきた。
「聖女様!一体なにが起きているのですか!?」
「皆さんすみません。親玉と見られる男が、自分の命と引き換えに魔獣を召喚したようです。犯人一味の命も尽きているでしょう。それよりもここは危険です!すぐに街へ戻って下さい!」
マリアがそう話していると、激しく逆巻く渦の中から、巨大な何かの腕がヌッと出てくる。
「ゴロ……デ……ゴ……ゼェ……」
呻き声のようなものを上げながら、ソレはその姿を現した。
それはとても巨大だった。
身体のあちこちが腐敗しているのか、ところどころ肉が崩れ去っており、その肉の隙間から黒い炎が噴き出している。
二度と飛ぶことが出来そうもない、ボロボロの大きな羽。
どんな物でも突き破ってしまいそうな爪。
なんでも喰い散らかしそうな凶悪な牙。
一振りで城壁を砕いてしまいそうな長く太い尾。
真っ赤に輝くギョロリとした二つの眼。
その立った姿は、50m近くはありそうだ。
「ド……ドラゴン……ドラゴンゾンビだぁぁああ!!」
「ただのドラゴンじゃねぇ!こいつは……古龍だ!!」
「古龍ゾンビだと!?そんな奴聞いた事ねぇぞ!!」
目の前に現れた怪物に、さすがの冒険者や王都軍もパニックになっている。
マリアもパニックには陥っていないが、その存在感に少々驚いていた。
(『叡智』さん、この魔獣って相当強そうじゃない?)
《古龍はこの世界で、最も強大な力を持つ種の一つと推測。さらにアンデット化しているため、理性も無いものと判断》
う~ん……これは本当にヤバそうな相手だね。
ここまで大きな生き物を相手にしたことないし、私ってこれと戦えるのだろうか?
マリアが思考していると、古龍ゾンビが大口を開け、膨大な魔力を練り上げる。
あ……これ駄目なやつだ!
「皆さん急いで退避して下さい!こいつの相手は私がします!」
「せっ聖女様を置いて逃げるなど--」
その瞬間、マリア達へ向け、古龍ゾンビの口から強大な、黒い魔力砲が撃ち込まれた。
ボッ……と音がしたかと思うと、次はキュンッ……と音がし、気が付くと空に拡がる雲に、大穴が空いていた。
「ふう……どうやら私の『バリア』の勝ちですね。皆さん!近くに誰かいると守り切れるか分かりません!急いで退避を!」
冒険者や王都軍は、自分達に訪れたはずの確実な死と、それから守ってくれた幼い少女に混乱したが、何とか王都へ向けて駆け出す。
この場に現役のランクS冒険者がいれば、また違ったのかもしれない。
だがここは辺境のロートリンデン王国。
上位冒険者はあまり集まってこないのだ。
王都は先ほどとは打って変わって、絶望ムードに包まれていた。王都からでもハッキリと見える巨大な魔獣。なぜか魔獣の吐き出した攻撃が空へと向かったが、冒険者や王都軍が逃げ帰って来ているのが見える。
冒険者や軍の精鋭たちが、戦いを諦めるほどの魔獣。もうダメだ……自分達は、この国は、今日終わってしまうのだ……と。
マリアは古龍ゾンビへ向け『ピュリフィケーション』を放つが、一瞬だけ怯む様子を見せるだけで、効果はなさそうだった。『ハイヒール』も同様だったため、アンデットとは言え古龍ゾンビは簡単な相手ではないようだ。
続いてマリアが行使したのは『グランドインフェルノ』だったが、これも意味を成さなかった。
そうだよねぇ……身体のあちこちから黒い炎が噴き出してるし、炎耐性があるんだろうね。でも私は他の上級魔法は知らないし、中級魔法じゃこの古龍ゾンビには効かなそうだしなぁ……ん?でもあの黒いのって炎なのかな?あれって……
マリアが考察を重ねていると、突如として後方から大声援が聞こえてきた。
絶望に包まれていたはずの王都からの声。
それはまだマリアが一人戦っていることを、冒険者や王都軍が伝えたからではない。
あの怪物の元で、絶対にマリアが戦っていると理解している者が、王都にいたのだ。
「皆さん!皆さんのためにあの怪物と、マリア様が……虹の聖女マリア様が戦っています!マリア様は常に、皆さんのために行動しているんです!私達は絶望している場合じゃないんです!私達は信じていると……マリア様が勝つと信じていると、声を届けるのです!!」
兵士が制止するのも振り払い、王都城壁に登ったメイド姿の女の子。
その幼い女の子の声は、なぜか王都全てへと響き渡り、王都に住まう者の心へ届いた。
その14歳の女の子の声は、聴覚を強化しているせいかどうかは分からないが、マリアにもハッキリと聞こえた。
「そ……そうだ!聖女様が負けるはずない!」
「聖女様がんばれー!そんなトカゲやっちゃえー!」
「王都を守ってくだされ!聖女様!!」
「マ・リ・ア!マ・リ・ア!マ・リ・ア!」
「うおおおお!信じてるぞぉぉおおお!!」
……まったく。クロエちゃんにあんなこと言われちゃ、負ける訳にはいかないね!
古龍ゾンビが再び大口を開け、膨大な魔力を練り上げるが、その口はマリアではなく、王都へと向けられていた……




