第57話 最高の馬車旅
地球から戻ったマリアは、クロエと一緒に大量のサラダを作っていた。
せっかく肥料の効果で育った作物を買い込んでいたのだから、美味しく頂かなくては意味がないからね。
王都へ向けての出発が明日に控えているため、旅の食事を準備してどんどん『次元収納』に入れていく。
今回の旅のメンバーは私、クロードさん、クロエちゃん、他メイド三名、騎士団長ジュラールさん、騎士団員十四名の総勢二十一人。
馬車は四台で、騎士団員さん達が馭者を務めてくれるらしい。
今回の旅もそうだけど今後も役立つと思い、ジュラールさんには私が作った非売品の『魔法袋レベル1』を一つプレゼントした。
重要な荷物は私の『次元収納』に入れてあるし、旅の必要物資もジュラールさんと私で分担して持つ事になった。
馬車に重い荷物を積む必要がないという事は、それだけで移動速度は上がるし、馬の体力の減りも緩やかになるため、休憩を取る回数も減らせる。
そもそも領都オーレンから王都まで、馬車で一週間と聞かされていたけど、実際は五日ほどで着くらしい。ただ途中で魔獣や他の障害と遭遇する可能性を考えて、一週間と見積もっていると教えられた。
王都に到着後は国王との謁見までの間、クロードさんの王都邸に滞在する流れとなっている。
さすがは上級貴族!王都にも邸を持っているんだね。正直謁見は面倒だけど、必要なことだから仕方ない。
よし、サラダだけじゃなく果物も切っておかなくちゃ!
───◇─◆─◇───
翌日、サンジュさんや聖女商会の二人に後を任せ、私達は王都へ向けオーレンの街を出発した。
馬車での旅はマリアにとって初体験であり、言ってしまえば避けたい事ではあるが、乗り心地の良い車なんてこの世界にはないし、さすがに地球から持ってくるにしては、オーバーテクノロジーが過ぎると考え諦めた。
ちなみにマリアは車の免許を取得できる年齢ではないが、『超法規的措置』により、日本どころか世界中であらゆる乗り物の運転・操縦が許可されている。
マリアにとっては少々苦痛な旅路であったが、マリア以外の者達にとっては、これまでにない最高の馬車の旅となった。
随伴している騎士団員たちは、もちろん周囲の警戒を怠っていないが、常に『サーチ』を展開しているマリアが魔獣を察知し、自ら馬車を飛び出し殲滅してしまう。
見た事もない輝きを放つ美しい剣を揮い、たった一人で瞬く間に魔獣を屠る姿は、騎士団員たちの心に尊敬と畏怖の念さえ抱かせる。
「ふむ……『ナナイロ』の最初の獲物はダークウルフだったね。実際に使ってみてよく分かったけど、本当に使い心地が良いね!」
馬車に戻るとクロエがナナイロを受け取り、とても楽しそうに手入れをする。
手入れと言っても布で磨く程度のことなのだが、実はクロエの日課にもなっていた。まだナナイロを使用していない時から「ナナちゃんのお世話も私の大切なお仕事です」と言ってニッコニコで磨いていた。
ナナイロは剣だよ?ペットじゃないよ?
馬車の旅は続く。
そして食事休憩となれば、マリアが『次元収納』から人数分の木製ガーデンテーブルセットを取り出し、さらに作り溜めしていたサラダに果物、買い溜めした魔獣肉の串焼き、こっちの世界にない柔らかいパン、そして大きな寸胴鍋を取り出し、熱々のスープまで皆に振舞った。
この寸胴鍋には豚汁が入っているが、同じような寸胴鍋が『次元収納』の中に100以上は入っている。もちろん豚汁だけじゃなく、様々なスープだ。
色々と迅速に準備してくれた田代に感謝だね。
皆が感激したのはそれだけではない。
トイレに至っては、簡易トイレの専用テントセットを四つ用意した。男性用二つ、女性用二つ、どれも内側に魔法で『吸音・防音』を施した安心仕様。ペーパーホルダースタンドも用意し、トイレットペーパーは一般的な物だけど、勿論ダブルをチョイス!
聖女商会の芳香剤も置いて完璧だ。
やっぱりトイレは腰掛けられるのがホッとするよねぇ。
お風呂は入れないけど、マリアの『ピュリフィケーション』で全員が清潔を保ち、夜になればまた出来立ての美味しい食事が出てくる。
就寝時は二人用と四人用のテントを幾つか出し、敷布団の上で薄いブランケットを掛けて眠る。マリアは寝ながらでも『サーチ』を展開し続けることが出来るし、『バリア』もあるから寝ずの番はいらないと言ったのだが、これくらいは仕事をさせて欲しいと、騎士団員たちに懇願されてしまった。
本当は夜は途中の街にある宿に、泊まりながら進む予定だったんだけど、皆が今回の快適な馬車旅に興奮しちゃって、毎晩テント生活になったんだよね……
この旅の間で、メイド達からはスープの作り方を教えてほしいとお願いされ、クロードからはトイレの形について色々と聞かれた。
メイドさんは普段の業務に料理の手伝いが含まれてるから、地球が誇る美味しいスープのレシピは気になるよね。トイレについてはいずれ作るつもりだから、もう少し待っていて欲しい。
テントやトイレ等は遠い私の祖国の品だと言ったら、皆あまりツッコんで聞いてこなくなったんだけど、もしかして秘匿技術とかだと思われたのかな?まぁそれはそれで都合が良いけどね。
そして気が付けば、もう王都が目と鼻の先へと迫っていた。
魔獣の対処や食事の準備短縮、普通に比べ移動速度アップなど、様々な要素が加わり、四日という短期間での到着となった。
王都もオーレンの街のように堅固な石壁で囲まれており、街の規模はさらに大きい。
街へと入るための門には大勢の人々や馬車が列を成しているが、マリア達の隊列はその門の横にある、誰も並んでいない門へと向かった。
貴族とか他国の要人専用の門なんだろうね。
ジュラールが何かの紙を持ち門番と少しやり取りすると、マリア達はあっさりと門を通された。
さぁ、初の王都!やるべき事をしっかり片付けないとね!
と気合いを入れつつ、まずはクロードさんの王都邸で、少しゆっくりしたいと思うマリアであった。




