第6話 はじめての冒険者ギルド② 定番イベント
バーンと扉が開かれ一人の男が駆け込んでくると、今度はギルド内全ての人間の顔がその男へと向かう。
「ランクB冒険者のジークだ!緊急事態を報告したい!ハイオークの群れの討伐クエストの最中にオークジェネラルを確認したのだが、街の方向へ逃げられた!ハイオークを討伐した後に追ったのだが発見できなかった。放っておくのは危険だから捜索チームを急いで組んでもらいたい!」
切迫したジークの言葉を聞いた者たちの顔が、一斉にゆっくりとマリアの方へと向かった。
その不思議な光景に倣うようにジークも同じ方向を見ると、自分の目的としていたものが視界に入る。
誰にも聞こえないくらい小さな声で「おいおいマジかよ」と呟きながら、リヤカーの上のオークジェネラルのもとへとジークは駆け寄った。
今度はジークとガンツ、『自由の翼』のメンバーでまた同じようなやり取りをしているのだが、まだこの世界の常識がないマリアは騒ぐ理由が分からない。
早く買い取ってもらえないだろうかと、少しうんざりしていた。
時間は有限。なぜ同じ話を何度も……マリアは少しばかりイラついているのである。
ジークの見た目について説明することも省くくらい、イラついているのである。
ちなみに『自由の翼』のメンバーの説明は省いていた訳ではなく、初めての魔獣や魔法に感動して、それどころではなかったからだ。
そして次の瞬間、マリアをキレさせる人物が現れてしまった。
またもや勢いよくギルドの扉が開かれると、三人組の男が駆け込んでくる。
「おいおいジークよぉ~、アンタ走るの早すぎだっつうの。ん?なんだお前ら皆で解体場の方向いて……!?そいつはさっきのオークジェネラルじゃねえか!なんでこんな所にいるんだ?」
見るからに悪人顔の三人が近寄ってくると、また同じことが繰り返される予感に、マリアのスイッチが入りそうになるが、辛うじて耐えている。
だが……辛うじて耐えていたのに、この悪人顔の男は遂にスイッチを入れてしまうのであった。
「ん~?おやぁ?これはこれは『草むしりが大好きな自由の翼』諸君じゃないかぁ」
下卑た薄ら笑いを浮かべる男の前に、『自由の翼』のメンバーはギリリと歯を噛みしめ、ジンが一歩前に出ようとした瞬間、スッとマリアが男の前に出た。
「くだらないお喋りは結構です。このオークジェネラルは私が倒し、『自由の翼』の皆さんにここまで運んで頂きました。私はこちらを買い取って頂くのが目的ですので、無関係の方達との問答は必要ありません。」
「なんだぁこのクソ生意気な女は?俺様がCランク冒険者パーティー、『オーバーカース』のグレブダ様って分かってんのかぁ?」
興味の無い人間がさらりと自己紹介したことに、余計イライラを募らせつつ、マリアはある事に気が付いた。
そうか!これはあの、初めての冒険者ギルドあるあるのやつだと!そう思い至ったマリアは、途端に機嫌が良くなる。
まさか、あの有名なあるあるのやつを体験できるなんて……と。
「なるほど……『お馬鹿』で『カス』の『グレ』た『豚』ですか!とても素敵なお名前ですね。察するにグレた豚さんは、新人や自分より低ランクの冒険者をいびり、若い女性冒険者には作り話の冒険譚を聞かせながら、無謀にも果敢にナンパ行為を繰り返すような、物語の第一話であっさり排除されてしまう、可哀想な人物のようにお見受けしますが、如何でしょうか?」
マリアの流れるような発言を受け、ギルド内が本日何度目かのざわつきを見せる。
「あの子すげーぞ!大正解じゃん!」
「うちから新人冒険者が逃げ出すのあいつのせいじゃね?」
「ナンパしてるとこは見ても、確かに成功してるとこ見たことねえな」
「でもそこそこ強いから厄介なんだよなぁ」
「キモイ……あの豚マジでキモイ」
マリアの言葉が原因なのか、ギルド内で上がる自分へ対しての言葉が原因なのか、ブルブルと身体を震わせながら、鬼の形相でマリアを睨みつけるグレブダ。
その手は腰にある剣を握ると、一気に鞘から引き抜いた!
「馬鹿野郎!ギルド内での抜刀はさすがに--」
ジークがそう叫んだ瞬間、ズドっという鈍い音と共に、グレブダの身体は『くの字』に曲がり、そのまま上空へ四メートルほど上昇した後、無慈悲に床へ叩きつけられるのであった。
口から泡を噴きながら、ピクリとも動かないグレブダを前に、右拳を握り満面の笑みを浮かべる少女が一人。
マリアは何事もなかったかのように呟いた。
「殺されると思いましたが、何とか自分の身を守れました。正当防衛です」
「「「「「えええええええええええ!?」」」」」
荒くれ者が多い冒険者たちの心が、一つになった瞬間である。