第55話 呪われた地① 黒い霧
クロエ成分を思う存分摂取したマリアは、気になっていた『呪われた地』へ赴くことを決めた。
夜には帰るからと伝え、クロエも素直にお留守番を了解してくれた。
マリアは例の『裏技』で、『呪われた地』へ向けどんどん移動していくと、いつの間にか伯爵領を出ていたらしく、遠くの方に黒いモヤモヤが拡がっているのが目に入った。
それは本当に広範囲に拡がる黒い霧のようで、高さも30mほどはあるかもしれない。
しかし本当に人の手が入っていないのだろう。土地は荒れ放題で、生えている草も背が高い。
マリアは黒い霧の近くまで来たが、一旦その歩みを止めた。危険すぎると直感が言っているのだ。
(クロードさんは霧の中に入ると昏倒するって言ってたけど、アイザックさんは霧に喰われると言ってたね。これ以上近づくのは得策じゃないかな)
《マスターに同意。あの霧自体が強力な呪いで構成されていると推定》
(『叡智』さんもそう思うなら本当に危険なんだろうね。でも霧っていう割には、風が吹いていても全く動かないのは何故だろう?)
《恐らく霧状の呪いの結界のようなものかと》
なるほど、結界のようなものか。私もまだ知識のない、上級の解呪魔法でも無意味って言ってたし、さてどうしたものか……
マリアが思案していると、遠くに魔獣の存在を確認した。
あの魔獣、あれはオーガだね。ちょっと黒い霧に近づきすぎじゃない?いや……少し様子を見てみようか!
マリアは静かにオーガへと近づくと、背の高い草に身を隠し様子を伺う。スキル『聖なる身体操作』で自分の体臭をゼロにしているため、オーガはマリアの存在に気が付く様子はなかった。
(いやそもそも私臭くなんてないし……)
オーガは餌でも探しているのだろう。黒い霧の近くをウロウロとし、オーガの手が黒い霧に触れた瞬間のことだった。
霧の中から『真っ黒い手』のようなものが何本も現れ、オーガは抵抗虚しく黒い霧の中へと引きずり込まれる。どうやらオーガにはあの黒い手が見えていないようだ。
霧に飲まれたオーガが中で暴れているのが見えるが、オーガの体がどんどん崩れていく。オーガは自分の身に何が起きているのか分からないのだろう。悲痛な叫びを残し、オーガは消滅してしまった……文字通り骨も残らず……魔石すら残らず。
え……ガチでヤバいじゃんあれ……あれは黒い霧がオーガを吸収したってことなのかな?あれがアイザックさんが言ってた、霧に喰われるって事か……
たしかにあんなのに中級光魔法の『ピュリフィケーション』をかけても、浄化なんて無理だろうね。そもそも浄化じゃなくて『解呪』の魔法が必要なのかな。
マリアは書物で得た知識で、中級解呪魔法『ディスペル』を使用することは多分できる。
さらにマリアの使用する魔法は、スキル『聖なる魔力操作』により通常よりも強力になっているのだが、それでもディスペルでは無理だろうと感じるほど、目の前の呪いは尋常ではなかった。
今の自分ではどうしようもないと認めつつ、マリアは黒い霧から目を離そうとはしない。
観察し、これまでの知識にない目の前の事象を、脳に焼き付けているのだ。
そしてマリアはこの日から、黒い霧やそれに喰われる魔獣を観察し転移で帰る、翌朝また黒い霧の近くまで転移し観察する……といった行為を数日続けた。
やはり魔獣にはあの黒い手を認識できていないようだ。
そして黒い霧の前に立ったある日。
《マスター、もう十分かと推測》
(うん!何故か私にはあの黒い手が認識できたけど、あれが見えなかったらもっと時間が掛かってたね)
《現段階で成功確率94%です》
(それだけあれば大丈夫そうだね。じゃあいくよ!)
マリアは今日まで、ただ黒い霧を観察していた訳ではない。地球で暮らしていた頃も映画や漫画、それ以外の様々な媒体で『呪い』というワードは目にしてきたが、自分が見聞きしてきた呪いと、目の前の黒い霧による呪いが余りにも乖離していたため、黒い霧に対して完全に呪いだと認識・納得するのに時間が必要だったのだ。
さらにマリアは同時進行で、黒い霧の呪いに対抗できるオリジナル魔法についても考えていた。
《マスターの持つ『解呪・御祓い』等の知識と『ディスペル』『ピュリフィケーション』を『創造神の加護』の力で融合します》
マリアの頭の中で響く『叡智』さんの声を聞きながら、マリアは目を閉じ集中している。
すると『スタンプ』で隠していた、左手の甲にある『聖花の紋章』が七色に輝き出した。
徐々にマリアの頭の中に、初めて見る魔法陣が構築されていく。
これまで幾つかオリジナル魔法を創ってきたマリアだが、魔法陣の構築がこれまでで最も遅いことから、相当強力且つ難しい魔法を創っている事が分かる。
マリアの聖花の紋章の光が徐々に落ちついていくのと同時に、脳内で描かれていた魔法陣も完成に至った。
静かに目を開けたマリアは考える。
私の考える魔法は完成したね。後はこの魔法が目の前の呪いに本当に対抗出来るのか、自分の身で体験するだけだ。
意を決したマリアは、新しいオリジナル魔法を行使した。




