第18話 クロード伯爵邸③ 聖女のチカラ
伯爵邸の書庫にあった約500冊の蔵書は、二時間ほどで読み終えてしまった。
まだ昼食前である。
マリアは書庫の椅子に座りながら目を閉じ、書物から得た知識を頭の中で整理していく。
まずマリアが今いる国はロートリンデン王国。
大陸の南側に位置するのだが、国土としては中規模と言ったところだ。
ちなみにクロードの伯爵領は、国内最南端で海に面しており、他国には隣接していない。
ただ同じく海に面した隣の領?は『unknown』と地図に表記されていた。
それと気になるのは王国の北、東、西側だ。
ロートリンデン王国よりもかなりの規模、大国三つに囲まれている。
一応ここにある書物では、過去に多少の小競り合いはあったものの、大きな戦争があったという内容は見当たらなかった。
意外とこの大陸の人間同士は平和な感じなのだろうか?
マリアが最も楽しみにしていた、魔法と魔道具の情報であるが、残念ながら魔道具についての書物は全くなかった。
その代わり魔法に関する書物はたくさんあり、ご機嫌で読み進めることが出来た。
魔法には初級・中級・上級・特級魔法が存在し、個人で行使できるのは上級まで。特級は上級レベルの魔法技術を持つ者が、複数人で行使できる魔法らしい。
魔力の素となる『魔素』は大気中に溢れており、魔力自体は全ての生物が持っているが、鍛錬しても魔力を魔法として体外に放出できない人の方が大多数のようだ。
ここの書物には様々な初級と中級魔法についての文献があり、マリアはその全てを使う事ができると認識できた。
上級と特級魔法の詳しい文献はなかったが、まぁ今はいいだろう。
その他にも魔獣・鉱物・食物・薬草類など、様々な知識をマリアはたった二時間ほどで吸収することが出来た。
ちなみに中級の浄化魔法である『ピュリフィケーション』がとても気に入った。
マリアは昨日から同じ服である。つまり下着も同じ物を着用しており、乾くか分からなかったので、宿で洗濯もしていない。
それが自分へ向けてイメージした『ピュリフィケーション』を使用したところ、身体全体が一瞬キラリンと発光し、少し汚れていた白いTシャツが、洗濯する以上に綺麗になったのである。
スキル『聖なる身体操作』で嗅覚を強化して確かめたが、汗臭さなども一切ない。
これにはマリアもニッコニコとなった。
聖女について記された書物もあったのだが、聖女だけが本来持つ大きなチカラは三つ。
【豊穣】【退魔】【封印】である。
【退魔】と【封印】についての明確な記述はなかったものの、【豊穣】については数多くの記述を目にすることが出来た。
【豊穣】はどれだけ荒れ果てた土地でも、一瞬で命を芽吹かせる……死んだ森を一晩で再生させる……
やっぱり聖女の持つチカラはとんでもないらしいが、残念ながら聖魔力自身が地球で勝手にハッスルし、聖魔力を使い切ってしまったマリアには、そのチカラを使うことが出来ない。
しかし森を一晩で再生……再生か……いけるかも!
マリアが思案していると、メイドさんが昼食の支度が出来たことを伝えに来てくれた。
昼食の場に赴くと、すでにラフな格好に着替えたクロードさん(伯爵ではなく さん付け で読んでくれと頼まれた)が席に着いている。
食事が並びだすとクロードが静かに語り掛けてくる。
「どうだいマリア殿。読書は捗っているかな?」
「ええ。書庫にあった物は全て読み終えました。色々と魔法も覚えることが出来てとても助かりました」
「え!?もう全部!?」
クロードは動揺の余り手元にあったワイングラスを倒し、赤ワインが洋服と真っ白なテーブルクロスに零れてしまった。
慌てて立ち上がるクロード。
メイドたちも慌てて動き出そうとするが、マリアが制止する。
「大丈夫ですよ。先ほど便利な魔法を覚えましたから」
マリアはそう言うと、立ち上がったクロードに人差し指を向け、ピッピッと二回魔法を行使した。
するとクロードの洋服に広がったワインの染みは消え、ワインで濡れていたはずなのに、何事もなかったかのように乾いている。
マリアは「テーブルクロスもですね~」とのんびりした雰囲気で同じように二回魔法を行使し、テーブルクロスもあっと言う間に綺麗になってしまった。
「マ……マリア殿?今のは?」
「あ、ワインの染みは『ピュリフィケーション』で落としました。魔力を込めすぎると染料まで落としかねないので弱めに。乾かしたのは『ドライ』の魔法を使いましたが、上手く乾いて良かったです」
「「「「「!?」」」」」
その場にいるクロード、サンジュ、三人のメイドが驚いた顔をしている。
「マリア殿……『ピュリフィケーション』は、中級光魔法の中でも上級に近い難しい魔法なんだが……光魔法自体使える者は少ない……それを本を読んだだけで?」
「はい。私は服を今着ている物しか持ってきてなかったので、この魔法を覚えることが出来て本当に嬉しいです!クロードさんありがとう御座います。洗濯の必要がないので楽ちんです」
マリアのこの発言を受け、メイドたちの耳がピクっとしたような気がする。
「……そうだ!私はこちらにお世話になる立場ですし、明日から毎朝この家の洗濯物を、私が魔法で綺麗にして良いですか?メイドさん達のお仕事を奪ってしまい申し訳ないのですが、魔法の練習になるので是非お願いしたいのですが……」
三人のメイド達は目をうるうるとさせ、手を組みながら「聖女様……」と呟いている。
魔法の練習と言えばクロードも断る訳にはいくまい。
マリアは空気を読むことだって可能なのだ。
「やはり他の魔法も完全無詠唱なのですな。さすが虹の聖女マリア様」
そう口にしながらウンウンと頷くサンジュ。
この日の夜、『聖女様担当』を決めるための熱いバトルが、メイド達により繰り広げられるのであった。