第17話 クロード伯爵邸② マリア流読書
騎士団団長のジュラールには、とても不思議な光景だっただろう。
我が主に何かあったのではと、勇んで部屋の中へ飛び込んでみれば、椅子に座った主と、腰を曲げた体勢のサンジュが抱きしめ合っているのだから。
そして聖女様は静かに紅茶を召し上がっている。
よく分からないが主の危機では無いだろうと判断し、ジュラールは頭を下げ退室しようとしたのだが、マリアが呼び止める。
「団長さんにも聞いて欲しいことがあるので、このまま部屋にいてもらっても良いですか?」
ジュラールが主の方へ目を向けると、クロード伯爵はコクリと頷く。
「帯剣したままの御無礼お許しください」
そう言うとジュラールは再起動したサンジュの横へと並ぶ。
「皆さんにお願いがあります。私は聖女ですけど他の聖女の事は分かりません。ただ私に対しては、もっと砕けた態度で接してもらえませんか?名前もマリアと呼び捨てでお願いします」
三人となった大の男達はブンブンと首を横に振り「それは無礼になってしまう」とか「女神から神罰が」とか騒いでいるが、私は無礼だと感じないし、カリナもそんな事で神罰など与えないだろう。
話し合いの結果、クロード伯爵とジュラールさんは『マリア殿』となったが、サンジュさんからは後生ですからと食い下がられ『マリア様』となってしまった。
落ち着きを取り戻した私達は、先ほど伯爵が言った『完全無詠唱魔法』についての話となる。
「んなっ!マリアさ……マリア殿が完全無詠唱魔法を行使されたと!?」
「……間違いない。私もサンジュもこの目で見たのだ。マリア殿は完全無詠唱でヒールを使用した。しかも片方の手それぞれで二つのヒールをだ!さらに魔法の存在を知ったのは昨日だとも……」
「私はこの中で最も年老いておりますが、マリア様がされた事は今まで目にしたどんな御伽噺にすら無いことです」
大興奮する伯爵とサンジュさんの横で、ジュラールさんがモジモジしていたので、もう一度両手それぞれでの同時ヒールを披露すると、ジュラールさんは目に涙を浮かべながら無言で深くお辞儀をした。
「こうしてはおれん!急ぎ国王陛下に書状を送らなくては!」
「あ、ちょっと待ってもらっていいですか?国王様に書状という事は、私は国王様のもとへ送られるという事でしょうか?」
「うむ。そうです……そうだな。聖女マリア殿が我が領に赴いた事を知らせ、陛下に謁見して頂く流れとなるな」
マリアは暫しの思案の後に答える。
「私は遠い異国から来て、まだこちらの国の事を何も知りません。出来ればこの街で諸々勉強させて頂いた後に、国王様のもとへ参りたいと思います。私の存在を知らせる必要はあると思いますが、国王様のもとへ行くのは暫しお時間を頂いてからにしてもらえませんか?その書状に私もその旨を記させて頂きますので」
クロード伯爵はむぅと顎を触りながら思案するが、すぐに膝をポンと打つと笑顔で「聖女様の願いであれば陛下も何も言うまい」と了承してくれた。
私の『お勉強』中はぜひ伯爵邸で暮らしてほしいとの事で、マリアは宿代や食事代の節約まで可能となった。
「さっそくですが伯爵、この国のことでも魔法のことでも何でも良いので、文献があれば全て読ませて頂けますか?」
「それはもちろん構わないが、全てとなると我が家に保管されている書物だけでもかなりの量になるよ?」
「量は特に問題ありませんよ。あ、でしたら何か一冊見せて頂けますか?」
クロードが目を向けると、サンジュが軽く一礼して部屋を出て行き、すぐに一冊の本を手にし戻って来た。
「マリア様。こちらは魔法の基礎について記されている書物となります」
A5判ほどの大きさ、ページ数は100程度の本をサンジュから受け取ると、マリアはパララララと高速で本を捲っていく。
それはほんの数秒間のことである。
「読み終わりました。なるほど、魔法とは10歳から鍛錬を始めるものなんですね。魔力を魔法として体外へ放出し、維持することが基礎の中での山場であると」
つらつらと感想を述べるマリアを、男達三人は驚愕の表情で見ている。
「ちょ……ちょっと待ちたまえマリア殿!今の短い時間で、全てを読み終えたのかい?」
「ええ、本を読むのは幼い頃から得意だったんです。あ、でもこの本だと、実は内容を私が知っていたって可能性もありますね。私が絶対に知らない事が書いてあるだろう本なんてあったりしますか?」
少々お待ちくださいと告げサンジュは急いで退出し、またすぐに戻って来た。
「はぁはぁはぁ……こ、これは私がここでお勤めさせて頂いてから、毎年一冊ずつ書いている日記で御座います。これは去年の物で、書いてある内容は私しか知り得ません」
マリアは渡された日記をまたパララララと捲りながら、この世界も1月2月3月~と表現するのか!ほほ~地球と同じように365日で一年なのか、と新たな発見をしつつ日記を閉じ、サンジュに手渡す。
「読み終えました。何月何日のと質問して頂ければ、内容をお答えしますよ」
「で、では……11月9日でどうでしょうか……」
「私が何年も何年も口を酸っぱくして、好き嫌いせずニンゼンも食べて下さいと言っているのに、一向に旦那様はニンゼンを食べようとしない。子供じゃないのですから、野菜の好き嫌いなどなくして欲しいものです。明日は料理長に言って、ニンゼンをすり下ろして料理の中に--」
とここまで答えると、サンジュは「一字一句合っております……」と呟き、クロードは「ちょっと待て!ちょっと待てー!続きは!?私は知らぬ間にニンゼンを食べさせられていたのか?料理長を呼べー!」と大騒ぎである。
『ニンゼン』って日本で言うところのニンジンだろうか?
このあとクロードをなだめつつ、同じような事を3~4度ほど繰り返し、マリアが一瞬で本を読み、内容の全てが頭に入っていることが証明されたのだった。
マリア自身が語った通り、この速読以上の『超速読』&『超暗記』は、地球にいる頃から持っている能力だ。
生まれ持った聖魔力を、体外に発することが出来ない地球という環境で、体内の聖魔力がハッスルしちゃった結果である。