第14話 星空亭① 猫ですか?
さすがに色々なことがありすぎて、マリアは精神的疲労を感じていた。
初の異世界で魔獣討伐、冒険者ギルドでのあれこれ、教会で大興奮のラナーとのやり取りと、事前に予定・予測していることであればこの程度なんともないが、さすがに全てが予定外のこととなると、如何にマリアと言えども疲れてしまう。
今後暫くは、全てが予測の範疇を超えると、心積もりしておく必要があるなと考えつつ、教えられた宿へと足を向ける。
お、ここがラナーさんの言ってた星空亭だね
木造ではあるが二階建ての立派な造り、大通り沿いで立地も良い。
宿のドアを開けると、チリリンと控えめなベルが鳴った。
外からの見た目以上に、中は奥行きがありそうだ。
ドアを開けて正面には、受付カウンターのようなものがあり、右手に広い空間。丸テーブルや椅子が多数あることから、一階は受付と食事をとるスペースなのだろう。
「はーい!いらっしゃーい!」
元気の良い声とともに、受付の奥からパタパタと足音が聞こえてくる。
「お待たせしましたー!お客さん一人?今日は泊まり?それとも食事?」
受付に現れ、矢継ぎ早に質問をしてくる女性。
その女性を捉えるマリアの目は見開いていた。
歳は20代前半であろうか。
茶髪のショートヘアで、金色のような瞳に、ちょこんと見え隠れする八重歯が可愛い。
そして……頭には猫のような耳!さらに背中側で長い尻尾が、ふよふよ揺れている……
「ね……猫の獣人さんですか?」
「ん?猫の?あぁ、変わった服装の人だと思ったら、お客さん獣人のいない異国の人かい?獣人には色々な姿の人がいるけど、細かく分けて区別したりはしないんだよ。獣人はどれもこれも、ただの獣人ってわけさ。ちなみに私の名前はキャロル!よろしくね」
笑顔でそう答えてくれるその女性を見て、自分が失礼な質問をしてしまった訳ではないと、少しばかりホッとするマリア。
国が違えば文化も違う。
マリアにとって何でもない事が、別の文化圏では失礼なことになってしまうのは、よくある話だ。
「私はマリアです。ご丁寧に教えてくれてありがとう御座います。獣人の方を目にするのは初めてだったので、嬉しくなってしまいました。とりあえず一泊でお願いします。夕飯もこちらで食べたいと思います。」
「あいよ!宿泊は一日小金貨1枚。泊まりなら夕飯と明日の朝食はタダ。でも飲み物は別料金になるから、その都度支払いして注文してね。おっと金貨でお支払いね!じゃあこれがお釣りの、小金貨9枚と部屋の鍵ね!部屋は奥の階段から上がって、Bって札があるとこ。通り沿いだよ」
「夕飯まではまだ時間がありそうですね。部屋で休んでおりますので、夕飯時になったら起こしに来て下さいますか?」
笑顔で返事をしてくれるキャロルから、お釣りと鍵を受け取り、二階のBの札が掛かっている部屋のドアを開ける。
う~~ん。
想像よりも小奇麗だ。もっと狭い部屋を想像していたのだけど、八畳ほどある部屋の中には窓際にベッド、服や物を仕舞える収納棚に、小さな机や椅子もある。
はて……枕元や机の上など、何ヶ所かに光の灯っていないランプのような物があるけど、ロウソクで火を灯すのかな?
ランプのような物を観察してみると、特にロウソクのような物がある訳ではない。
よく見ると、白い宝石のような石が外側にはめ込んであるのが分かる。
「これは装飾……あぁなるほど。これがもし魔石だとするならば……」
マリアが石に触れ、自分の魔力を流し込むようイメージすると……予想通りランプに優しい光が灯るのだった。
「ふむ……魔力で光を生み出す……なるほど」
魔道具に触れ、感心していたマリアであったが、部屋の中にも二階にも、お風呂がない事に落胆する。
もしかしたら一階に……と思いつつも、おそらくお湯をもらって、身体を拭くだけが一般的なんだろうなぁと、覚悟を決めるのであった。
地球にいる頃も『作戦行動中』はお風呂になんて入れないので、マリアにとっては余り問題ではない。
ただ、入れない日々をずっと過ごすかと思うと、多少の覚悟が必要だっただけである。
そしてトイレ。
聖なる身体操作で、嗅覚をゼロにし向かった、二階の奥にある共同トイレは、予想通りのボットン便所であった。
ただし、色々と拭くためであろう紙の材質は、思ったよりも悪くない。決して良くはないものの、許容範囲と言ったところなのだ。
手を洗うであろう蛇口のような物もあり、青い魔石が付いている。
その魔石に魔力を込めると、チョロチョロと水が数秒間出てきて、すぐに止まった。
(やはり……凄すぎる……)
マリアは水が少ししか出なかった事に驚いた訳ではない。
そこに存在しないはずの水が、生み出された事に驚いているのだ。
マリアの頭の中には、地球で得たファンタジーの知識ももちろん膨大にある。
魔法が存在するファンタジー世界では、当たり前のことだったりするのだが、現実に目の前で無から有を生み出す現象が起これば、マリアでさえも唸ってしまうのは当然だろう。
魔法や魔道具について、楽しみが増えたとニンマリしつつ、キャロルが起こしに来るまでと、マリアは暫しの眠りについた。