第99話 肉の雨事件
急いで城の庭が一望できるバルコニーへ向かった一同の目の前に、巨大な古龍が確かにいた。
武器を持ったヘリオルス兵たちが大騒ぎしている。
「皆の者!!駄目だ!武器を下ろせ!……古龍様、私はヘリオルス王国国王、レオナルドと申します……私共は古龍様の怒りを買うような事を、何かしてしまったのでしょうか……」
「……」
くっ……気位の高い古龍は、やはり私の問い掛けになど答えてはくれぬか……
その場にいる、ほとんどの者が冷たい汗を感じていたところ、マリアがスッと前に出た。
「すごいじゃないですかドライゼンさん!時間通りですよ。時計も持ってないのに、どうして正確なタイミングで来れるんですか?」
「フワァーハッハッハッハ!マリアよ、我がいったいどれ程の年月生きていると思っておる?この程度雑作もないことよ!フワァーハッハッハッハ!」
(本当は早く着きすぎて、暫く空の上で待機していたのは黙っとこ……なんかその方が我かっこいい気がするし……)
昨日、マリアは転移でドライゼンのもとへ行き、諸々お願いをしていたのだった。
「そうだ!鱗の件ですが、一枚頂いても良いですか?痛い思いをさせちゃうと思うんですが……」
「フワァーハッハッハッハ!その程度の痛み、何も問題ないぞ!他でもないマリアの頼みだ。遠慮なく受け取るといい!」
(本当はちょっぴり痛いんだけど……小さき者共に我の威厳を示さねばな……)
ドライゼンはブチッと鱗を一枚剥がし、マリアへと差し出した。
マリアは即座に、ドライゼンが剥がした鱗のあった箇所へ『ヒール』を投げる。
「ほう……治癒魔法を投げるか。マリアはつくづく面白いのぉ」
(んなにそれ!?すっげ!しかもこの『ヒール』効果やばっ!痛みが引いていくぅぅうん)
マリアとドライゼンがイチャイチャしている姿を見て、その場にいる一同は口をあんぐりと開け、クロエは喜びの涙を流しながら、大きく何度も頷いていた。
古龍とは災害である。
人種の言葉を話すことが出来るが、対等に話をする事など不可能である。
例え気まぐれで国を滅ぼされても、誰も古龍には文句を言えない。いや、文句を言った者は即座にこの世から消えるだけだ。
そんな災害・厄災と呼ばれる古龍と、虹の聖女様は楽しそうに会話をしている。
それだけではない。
話を聞く限りでは、虹の聖女様は古龍を呼びつけたのだ……
そしてさらに、古龍の鱗を所望し……古龍は喜んで自身の鱗を差し出した……
クロエは思った……
(これです!これがマリア様なんです!誰にも出来ない偉業をあっさりと行う……マリア様ぁ~最高ですっ!)
緑の聖女セレスは思った……
(なにこの状況ぉ?もしかしてぇ、マリアちゃんのそばにいればぁ、古龍さんからぁ、私の知らない植物の知識をぉ、教えてもらえるかもぉ!)
ニーナは思った……
(もしや……マリア殿の有する戦力は、私の兄など遠く及ばない程なのでは?)
学園長エレノアは思った……
(不敬罪……私は絶対に不敬罪ぃぃぃいい!!)
ケンリーは思った……
(俺が生きてるのって、たぶん本当に奇跡なのかもしれない……)
レオナルドは思った……
(まさか古龍と親交があるとは……これが虹の聖女様……マリア殿、事前に説明して欲しかったですよぉぉぉお!)
「という訳で、輪廻の花があるとされるあの山の頂上まで、こちらのドライゼンさんが連れて行ってくれます」
(((((こっ!古龍を馬車代わりに!?)))))
「す……すみませんマリア殿。古龍様とマリア殿の関係は……」
そんなこと気になるんだねレオナルドさん。ああ、古龍の存在はこっちの世界の人達には脅威なんだもんね。不安にさせちゃったかな?
「私とドライゼンさんはお友達です。ね?ドライゼンさん?」
「ん?お友達か……まぁそうだな。我にとってマリアは、恩人と言った方が正確かもしれぬな」
「もう!それは良いじゃないですか!恩人だなんて固いですよ。それともドライゼンさんは、私のお友達だと紹介されるのが嫌なんですか?」
「んいやいやいやいや!そうではない!そうではないぞマリア!!お友達だ!そう!我らはお友達だ!!」
(((((こっ!古龍が焦ってるぅ!?)))))
「小さき者共よ。我はお友達であるマリアの頼みで、この国へ来ただけだ。滅ぼしに来た訳ではないから、安心するがいい。だがもしもマリアへ無礼を働けば……分かっておろうな?」
「「「「「ははっ!肝に銘じます!!」」」」」
ギロリと睨み付けながらそう話す古龍へ、兵士たちは一斉に平伏した。
古龍に対して平伏したのか、それとも別の人物へ向け平伏したのか……
そして学園長エレノアは、その場で気絶するのであった。
マリア、クロエ、セレス、ニーナがドライゼンの背に乗ると、その巨体はゆっくりと空中へ浮かび上がっていく。
おおおお!てっきり翼のチカラで飛ぶもんだと思ってたけど、翼だけじゃなく魔力も利用して飛んでるんだね。
「マリアよ。どの程度の速度で飛べばいい?速すぎると小さき者共は耐えられまい?」
「あ、それなら大丈夫ですよ!ちょっと待ってて下さいね」
ドライゼンの問い掛けにそう答えると、マリアはドライゼンの前方に巨大な、先の尖ったクチバシのような『バリア』を展開した。
「さぁこれで何も問題ないですし、ドライゼンさんもいつも以上に速度を出せるはずですよ」
「ほう、これは『バリア』か……このような使い方、古龍である我でも知らぬぞ。やはり面白い!」
この日、ドライゼンは未だかつてない速度で飛ぶことが楽しくなり、目的地を通り越して大陸中を飛び回った。そしてその道中では、ワイバーンなどの空飛ぶ魔獣が多数被害を受け、一瞬でバラバラになった肉片が大陸中に降り注いだ。
これが後に語られる『肉の雨事件』の真相である。