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八六七の春  作者: 妙春
八六七の春
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八六七の春4

 中学三年生になっても、毎晩金縛りにあい続ける日々は続いていました。ある日のことです。私は寝不足の影響で、教室でうとうととしてしまっていました。嫌だな……。最近は学校の保健室で眠っていても、金縛りにあうから。こんなに明るい場所でも真剣に眠ったら、何かが寄ってくるかもしれません。そう考えながらも、私は限界でした。襲いくる眠気に抗えません。うつら、うつら。私は教室の片隅で、船を漕ぎ始めます。いつの間に、眠っていたのでしょうか。微睡(まどろ)みの中で、私は心地よい何かに包まれていました。なんでしょう、これ。意識は半分覚醒しているのに、目は開けられなくて。瞼の裏には、浮世離れした光景が広がります。透きとおったコバルトブルーの海と、真っ白な砂浜。私は砂浜に立って、この世のものとは思えない美しい海を眺めていたのですが、ふと背後から気配を感じました。


 ──誰かが、いる。


 そう思った瞬間、金縛りにあいました。全く身動きがとれません。そこに誰かいるのに。誰がいるのか、私は確かめなければならないのに。どうしても目を開けることが出来ません。声が聞こえます。


 ──(かわ)いている。


 それは、喉だろうか、心だろうか。


 ──渇いている。


 何度もその言葉が、私の頭の中で繰り返されます。


 ──渇いている、渇いている、渇いている。


 誰ですか。君は私に、何を求めているのでしょう。


 ──水が欲しい。


 今度はもっと、はっきりと聞こえました。その瞬間に金縛りが解けて、私は目を覚ましました。意識は、ちゃんとしていたと思います。けれどこの時の私に、自我(じが)があったのがどうかは、今でもよくわかりません。先生が黒板の方を向いている隙に、私は音を立てないように立ち上がって、教室の後ろの扉からこっそり抜け出しました。廊下を抜けて、螺旋(らせん)階段へ。目指すのは、屋上。一段、二段。背中に羽根が生えているみたいな軽やかさで、私は着実に進んでゆきます。だんだんと見えてくる、屋上へと続く扉。


 ──渇いている、渇いている、渇いている。


 声が止んでからも、その言葉は呪文のように私の脳内を駆け巡りました。満たさないと。どうしても、この渇きを満たさなければ、私は……。私、は……?

 私は重い扉を開けて、外へ出ました。天気は雨。構わず飛び出して、水を浴びる。浴びる、浴びる、浴びる。渇いている。水が、気持ちいい……。雨水が私の髪や頬を濡らし、制服に浸水し、身体を冷やしてゆきます。それでも気にせず浴び続けます。水分が私に沁み渡っていくのと一緒に、何かが満たされていくのを、確かに感じました。


 ──渇きが、癒える。


 これは、誰の渇き?私?私は……。君は……誰?


 雨を浴びている間ずっと、恍惚としてしまっていました。何かの、誰かの気配が、私をこんなふうにさせているのですが、正体はわかりません。一体どれほどの時間、屋上にいたのでしょうか。気付けばチャイムが鳴っていて、私が教室にいないことを知って捜索しに来た先生に見つかり、保健室に連行されて、無理やりベッドに寝かされました。この時の私は何を聞いても上の空で、返事が返ってこなかったそうです。その日は母に迎えに来てもらって早退しました。私が屋上で見つかったと聞いて、母は卒倒(そっとう)しそうになったそうです。私は次のお休みの日に、またおめかしして、天中家のお屋敷に連れて行かれることとなりました。


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