公爵家の後継
かくしてアルペンハイムの一族の中から、公爵家を継ぐに相応しい子供を選ぶ事になった。
成人した者より、ある程度子供の頃から公爵家で教育したいとの父の方針だった。
そして今、従兄弟からかなりの遠縁の子供まで、たくさんの子供達が公爵家の広間に集められている。
公爵家が跡取りを探していると聞いた人々から我が子こそはとたくさんの身上書のようなものが送られてきた。
しかしやはり本人を見なければ分からないと、ある程度振り分けてから選りすぐられた者達が実際に我が家に招待された。もちろんその場にはツツェーリアも参加した。
皆、『我こそは!!』という人ばかり。
しかもいかに公爵一家に気に入られるかばかりを考えて擦り寄ってくる人ばかりだった。
「ツツェーリア様。もしも私が選ばれましたならば……」
「貴女様のような姉が出来ることを私は誇りに思います」
公爵家一家の周りにはたくさんの子供達が集まっていた。どの子供もお世辞や擦り寄りで溢れていていた。
今回父は後継として教育する為12歳以下の子供と指定していた。そして保護者はこの中には入れない。……だからか、子供達のお世辞や態度はなんとも分かり易い。
最初は周りに合わせていたけれど、ツツェーリアは彼らの態度に少々辟易していた。
「……疲れましたので、少し席を外します」
そう言ってその場を離れる。
外の空気を……とかお手洗いに、などと言っては付いて来られるような気がしたから少々強めに言った。
ツツェーリアは、陰からこの我が家自慢の広間の様子を窺える秘密の場所へ行く事にした。
そこから見ていると、父や母の所に子供達が群がっている様子がなんだかおかしかった。
しばらくそんな様子をじっくりと眺めていると……。
「……おい、さっきの聞いたか? 公爵令嬢ともなると、随分生意気な口の聞き方だったよな」
「本当だ。僕が公爵家に入ったら、きっちり教育し直してやらないと」
……などと勘違い発言が聞こえてきた。チラと見ると、さっきまでツツェーリアの周りでお世辞を言ってきていた子供たち。
……まあ態度からなんとなく分かってはいたけれどね。
ツツェーリアはため息混じりに彼らの素性のチェックをした後、改めて周りを見渡した。
……するとそこから外れた広間の端で、1人の小柄な少年が他の子供達に囲まれているのが見えた。
耳を澄ますとなにやら物騒な話が聞こえてきた。
「どうしてお前がここに来てるんだ?」
「ここは筆頭公爵家だぞ? 遠縁の愛人の子なんか選ばれる訳がないだろ!? 厚かましいぞ、さっさと帰れよ!」
小柄な少年1人に対して3人の大柄な少年達がよってたかって虐めているのだ。
誰か呼んだ方がいいかしらと周りを見ていると……。
「───そんなに僕に負けるのが怖いの?」
鈴の鳴るような声。
「───は?」
「なんだとっ! コイツ!」
3人の少年たちは小柄な少年に手をあげようとした。
「───僕に負けるかもと思っているから排除しようとしてるんでしょ? そうでなきゃ僕なんて相手にしないはずだものね。……負けそうで、怖いんだね?」
声は可愛いのに、言っている事はかなり辛辣だ。
ツツェーリアは本当にあの小柄な少年がこれを言っているのかとその場から少し乗り出して少年を見た。───すると。
ドクンッ───!
あの少年と、目が合った。綺麗な、水色の瞳。場所は少し離れているのに、何故かはっきりとその瞳の色が見えた。
少年と目が合っているのは多分一瞬だったが、何故か心を鷲掴みにされたような気分だった。
「……ッなんだと! コイツ……」
「……待て。ここで騒ぎを起こしたら、本当に俺たちに可能性はなくなるぞ。こんなヤツ放っておこうぜ」
3人の少年の内1人は冷静になったようで、彼らは去って行った。
それを見届けてツツェーリアはさっと身を隠す。
「───あの子は、僕のはとこのフィッシャー伯爵家の子だね。というか、確か次男が男爵家の侍女と駆け落ちして生まれた子じゃなかったかな」
父であるアルペンハイム公爵だった。
……もしかして父はあの身上書を全部頭に入れているのかしら?
「……不思議な少年ですわね」
ツツェーリアは思わずそう呟いた。
それを聞いたアルペンハイム公爵はにこりと笑う。
「……そうだね。そして苦しい場面で切り返す力を持っている。なかなか見所がありそうだね」
そんな話をした後、暫くして顔見せ会はお開きとなった。保護者達や子供達は結果をすぐに知りたがったけれど、父は『後継と決めた者に後日連絡をする』と言って皆を帰した。
その日の晩餐で父は言った。
「一応数人に絞っているのだが……、ツツェーリアは良いと思った子は居たかい?」
「……そうですわね。1人挙げるならば、お父様もご覧になったあのフィッシャー伯爵家の少年かしら」
「……ふふ。流石ツツェーリア。私も第一候補に彼を考えていたよ。後はとりあえず個人面談かな?」
──ハルミンが居なくなってから、初めて父の機嫌が少し良い気がした。
……そうして後日、あの小柄な少年は正式にアロイス アルペンハイムとなった。
アロイスは、ツツェーリアよりも一つ年下だった。……それよりも随分幼く見えたけれど。不遇な身の上のようだったから栄養が足りなかったのかもしれない。
銀の髪に水色の髪。そして母譲りだという超がつく程の美少年だった。
実際、彼の一族であるフィッシャー伯爵家の誰とも瞳の色以外は余り似ていなかった。
彼が正式に公爵邸にやって来た日を私は決して忘れない。
父に連れられてやって来たアロイスの余りの美少年ぶりに、母も私もつい見入ってしまった。
「ツツェーリア様。本日よりアルペンハイム公爵家の養子となりましたアロイスでございます。今後王妃となられるツツェーリア様を生涯お支えするとお誓い申し上げます」
感情のこもらない言葉で、アロイスはツツェーリアにそう挨拶した。
……多分それが、父の『後継となる者』への第一条件だったのね。
父に対して有難いと思う反面、おそらく実家でも不遇の身であったろうアロイスがこの公爵家でも求められるものが『立派な後継』というものだけということが、少し哀れな気がした。
「それはとても有難いことですわ。
……ねぇアロイス様。私あなたにお願いがございますの」
ツツェーリアはその人形のような美しさから冷たく見られることが多い。
ほぼ初対面であるアロイスも、ツツェーリアに馴れ馴れしくするなと冷たくあしらわれるのかと身構えた。
「……どうか、私のことは『姉』と、お呼びくださいませ」
「………………は?」
キョトン、とアロイスはその水色の美しい瞳を見開いて目の前のツツェーリアを見た。
「そうね……。ハルミンには幼い頃は『ねーね』とか、少し大きくなってからは『ツツェ姉様』と呼ばれておりましたの。ですからどちらでも結構でしてよ。あ、私も『アロイス』と呼ばせていただきますわ」
ツツェーリアはそう言って微笑む。その微笑みは、まるで花が咲き綻んだようだった。
両親は新しく姉弟となった2人のそんなやりとりをにこやかに見つめていた。
「……そのような……! 養子の僕からのそんな呼び方は不敬でありましょう? ご心配なさらずとも、僕はここで立派にお役目を果たして見せます」
「まあ、そんなに気を張らなくて大丈夫ですわよ? 勿論、公爵家の跡取りとしては立派でいてもらわなくてはならないけれど、貴方は私の弟になったのですもの。姉弟が仲良くするのは当然の事でしょう?」
尚もツツェーリアはアロイスにそう詰め寄ったが、初日は彼は少し戸惑った様子のままだった。
……が、ツツェーリアは本気でアロイスと仲良くなるつもりだった。彼が本気で嫌がらない程度にどんどん関わりを持つようにしていった。
……それは、ツツェーリアが本当の弟ハルミンにしてやれなかったことへの償い。そして小さな頃から不遇だったであろう新しい弟へ出来ることはしてやりたい、この家で本当の家族としての幸せを感じてもらいたいという思いからだった。
───しかしそれが、いつしかお互いの心を惹き寄せていっている事に気付いたのはいつの頃だったのか……。