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光の中で

カフェの扉を開けたとき、外の空気はすっかり冬の冷たさをまとっていた。吐く息が白くなり、夜空には星の代わりに街灯とイルミネーションが輝いていた。


 「……寒いね」


 美音がコートの襟元を掴んで小さく笑う。その声に、夏樹は「うん」と頷いた。


 並んで歩き出した二人。駅前へ向かう歩道は、冬休み前の夜らしく、どこか浮かれた空気に包まれていた。けれど、二人の間には、まだ言葉にしきれない距離があった。


 「なんかさ、ずっとメッセージとか電話だったから……こうやって並んで歩くの、変な感じ」


 夏樹が、ふとそんなことを口にする。美音は頷きながら、小さく笑った。


 「うん。ちょっと緊張してる。なんでだろうね。ずっと話してたのに」


 「だよな……俺も」


 ぎこちない沈黙。それを埋めるように、街の喧騒が流れていく。通り過ぎるカップルの笑い声、タクシーのクラクション、コンビニの自動ドアの音。


 そんな日常の音のなかで、二人の心音だけが妙に大きく感じられた。



 駅前のロータリーに近づくと、あの木が視界に入ってきた。


 この街の冬を象徴する、大きなクリスマスツリー。


 年末が近づくたびに飾られるその木は、無数の電球に照らされて、まるで星をまとったように輝いていた。


 「……きれい」


 思わず漏らした美音の声は、風に乗って消えていくようだった。


 「毎年見てるはずなんだけどな。今日のは、なんか違って見える」


 「うん、俺もそう思った」


 気づけば、肩と肩が少し近づいていた。けれどその距離も、どこか気を遣うように、自然には縮まらなかった。


 「そういえばさ」


 夏樹が、ふと話題を変えた。


 「美音って、大学で仲いい人とかいるの?」


 「うん、まあね。学科が女子多いから、グループで動くこと多くて」


 「そっか」


 美音も逆に聞き返す。


 「夏樹は? 同じ学部の人とかと仲いいの?」


 「うん、いるけど……でもなんか、みんな自由って感じ。俺はどっちかっていうと、ひとりで図書館いることのほうが多いかな」


 「へえ、真面目なんだ」


 美音が笑いながら言う。その笑顔に、夏樹はちくりとした感情を覚える。


 (誰と一緒にいるんだろう、普段。どんなふうに笑ってるんだろう)


 ふと、心に小さな影が差す。


 「でも、最近よく一緒にいる子とかもいてさ。なんか、美音に話してないこと多いなって思った」


 「……そっか」


 美音の声に少しだけ棘があった。それに気づいた夏樹が、慌てて言葉を探す。


 「いや、別にそういうんじゃなくて。男の友達とかだし。ただ、ほら、美音のことって……なんか、特別だから」


 その言葉に、美音ははっと顔を上げた。


 夏樹は言ってしまった自分に驚いて、急に視線を逸らす。けれど、もう遅かった。


 (特別って……)


 その一言は、ただの言い間違いでも、照れ隠しでもなく、確かに彼の心から出たものだった。


 だけど、そのとき——


 「わぁ……すごい。やっぱり綺麗だね、このツリー」


 美音が顔を上げ、まるでそれまでの会話を聞いていなかったように、ツリーを見上げて言った。


 「毎年見てるのに、なんでだろう。今日のは……うん、違って見える」


 その言葉は、夏樹の小さな告白未満の言葉を、光の中に紛れさせた。


 彼女の視線はイルミネーションに奪われていた。だがそれは、嫌な意味ではなかった。


 (今じゃないんだな)


 夏樹は、胸にしまうようにひとつ息を吐いた。



 「ねぇ」


 駅前のベンチに並んで座りながら、美音がぽつりと口を開いた。


 「またさ、電話しよ?」


 「うん、しよう」


 「……クリスマスとか、お正月とか、色々あるけどさ。それでも、少しでも話せたらうれしいなって」


 「俺も。……ていうか、美音から誘ってくれるの、珍しいね」


 「たまには、ね」


 ちょっとだけ頬を膨らませて見せる彼女に、夏樹は笑った。


 ツリーの明かりが二人の横顔を優しく照らしている。


 白く染まりはじめた夜の街で、二人は確かに一歩、距離を近づけていた。


 そしてそれは、光のようにかすかで、でも確かに存在していた。


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