深まりゆく色と、すれ違い
十一月下旬。紅葉はその盛りを越え、枝先に残った葉が風に揺れていた。
朝晩の空気はひんやりとして、冬の気配が確かにそこにあった。
夏樹は、授業終わりの人気の少ないキャンパスを歩いていた。
風が吹くたび、銀杏の葉がはらりと舞い落ちる。その様子をスマートフォンのカメラにおさめると、迷わず美音に写真を送った。
《銀杏、ほとんど散っちゃってた。もう冬だね》
数分後、既読がついた。少しして、返信が届く。
《うわ、綺麗……そっちの銀杏って本当に鮮やかだね。うちのキャンパスは赤が多くて、モミジばっかり。ほら》
添えられたのは、石畳の小道に鮮やかな紅葉が降り積もった写真だった。
落ち葉の上を歩く学生たちの足元も映り込んでいて、どこか温かな日差しを感じさせる一枚だった。
《これ、文化祭のときに撮ったやつ。すごく賑やかだったよ》
文面の中に、小さな違和感があった。
「文化祭」――美音が関わっていたサークルの行事だと聞いていた。夏樹も少し気になってはいたが、その日は自分の大学のバイトとレポート提出が重なっていて、行けなかった。
《文化祭、どうだった?》
返事が来るまで、少し間があった。
《楽しかったよ。準備大変だったけど。友達もいっぱい来てくれたし、先輩も差し入れ持ってきてくれてさ》
夏樹の胸の奥が、少しだけきゅっと縮んだ。
もちろん、美音が充実した大学生活を送っているのは嬉しい。
でも「友達もいっぱい」「先輩も差し入れ」――そんな言葉の中に、自分がいないという事実が、妙に際立って見えた。
自分は、彼女の「日常」に含まれているのだろうか。
それとも、自分の位置はただの“特別な知人”止まりなのか――。
そんな考えが、急に頭をよぎる。
LINEを閉じて、ポケットにしまう。
冷たい風が首元を撫でていった。
*
美音もスマートフォンを見つめたまま、言葉を探していた。
夏樹からの「文化祭、どうだった?」という問いに、なんとなく素直に答えられなかった。
本当は――彼に来てほしかった。
たとえ忙しくて来られなかったと分かっていても、どこかで少し期待していた自分がいた。
「準備頑張ってるって言ってたし、来てくれるかも」なんて、ありもしない予想を勝手にして、勝手に落ち込んでしまっていた。
そんな自分が嫌で、明るく「楽しかった」とだけ伝えた。
だけど、彼の返信が少しだけそっけなく感じて、不安が胸の奥に広がった。
(変だな……)
再会してから、何気ない連絡が日常になっていた。
朝の空気が冷たいとか、キャンパスのカフェで何を飲んだとか、紅葉の写真を送り合うとか。
ほんの些細なことでも、夏樹がそれに反応してくれることが、日々の楽しみになっていた。
それが、たった一言の返事や、数時間の既読無視で、こんなに胸がざわつく。
それはもう、ただの「友達」ではいられない感情なのだと、どこかでわかっていた。
美音は、ふとホーム画面に戻る。
夏樹のアイコンの小さな笑顔が、スクリーンの中で静かに光っていた。
それが妙に遠く感じて、胸が締めつけられる。
(ちゃんと、話したいな)
声を聞きたい。でも、電話をかける勇気はまだなかった。
せめて、もう少し近づきたいと思った。
《今度、時間あるとき電話しない? ちょっと話したいことあるかも》
送信。
その後の沈黙が、やけに長く感じられた。
けれど――数分後、画面に浮かんだ文字は、優しかった。
《うん、もちろん。俺も話したかった》
紅葉が散り、枝が冬の空を映すように、
ふたりの心にも、これまでとは違う色が宿り始めていた。