色づく声
10月の終わり、街路樹が色づきはじめた。
大学のキャンパスにも冷たい風が吹きはじめ、朝の空気が肌に少しだけ刺さるようになってきた。
夏樹はコートを羽織るにはまだ早いと思いつつ、袖を引き上げてスマートフォンを覗いた。
LINEには新しい通知がひとつ。送り主は、美音だった。
《今日、寒いね。そっちももう秋って感じ?》
たった一文。それなのに、胸の奥が少しだけ温かくなる。
毎日やりとりをしているわけじゃない。週に数回、ふとしたときに短いやりとりを交わす程度だ。話題も他愛もない。天気、講義、食べたもの。けれど、その一言一言に、なぜか心が引き寄せられていく。
《こっちも冷えてきたよ。朝、駅のベンチ座ったら服越しに冷たかった》
送信ボタンを押す前に、指が止まる。
変な返しじゃないだろうか。重くないだろうか。
そんな風に、今までの誰とのやりとりでも気にしたことがなかったようなことを、妙に気にしてしまう。
送信。
返事が来るまでの間、講義の資料を見るふりをしながら、心のどこかで彼女の言葉を待っていた。
《わかる。ベンチって夏は暑いのに、秋冬は敵になるよね(笑)》
画面の中の笑い声を見て、夏樹も小さく笑った。
彼女の文体は柔らかく、時折句読点の位置が不自然なところが、どこか彼女らしいと思えた。
秋は、少しずつすべての色を変えていく。
赤や黄色に染まっていく木々を見ていると、自然と目に映るものの奥行きを意識するようになる。
美音とのやりとりも、そんな風に、少しずつ「色づいて」いった。
*
一方、美音もまた、スマートフォンを手にしたまま、ベッドの上で小さく息を吐いていた。
夏樹からの返信を待つ間、何度もスマホの画面を明るくしては、すぐに消す。その繰り返し。
高校の頃、彼は教室でほとんど目立たなかった。けれど、あの卒業式の日に見た目線の奥に、なぜか温度を感じた。それが気になって、ずっと忘れられなかった。
久しぶりに再会してから、こうして連絡を取るようになったけれど――
思っていることを全部言えるわけじゃない。言いすぎても、離れてしまいそうで。
《今日の夜、キャンパスの並木道、ライトアップされてたよ。銀杏の葉、黄色くなってて綺麗だった》
数秒だけ悩んでから、メッセージを送る。
写真を添えようかと思ったが、それはやめた。
会話は、まだ色づきはじめたばかり。急ぎすぎてはいけない気がした。
すぐに返信が来た。
《いいな。そっちのキャンパス、紅葉の時期キレイって聞いたことある。写真送ってよ》
その言葉に、心が跳ねた。
「……もうちょっと、話してみようかな」
呟いた声は小さく、けれど確かに届くような気がした。
秋風が部屋のカーテンを揺らす。
その揺れが、胸の奥の静かな期待をくすぐった。