君と、あの春をこれからも
春が過ぎ、初夏の気配が街を包み始めた頃――。
駅のホームに吹く風は、冬の頃のような刺すような冷たさを失い、どこか懐かしさを孕んだ穏やかな空気を運んでくる。夕方前、部活帰りの高校生たちが楽しげな声をあげながらすれ違っていく中で、夏樹はベンチに腰かけて、美音を待っていた。
ほんの数ヶ月前、同じようにこの駅の前でイルミネーションを見上げていたことを、ふと思い出す。あのとき、伝えきれなかった言葉。気づかなかった想い。そして、すれ違いの中で見つけた、かけがえのない距離。
今、それらはもう、遠い記憶ではない。二人で紡いできた「時間」の中で、すべてが今の自分たちを形作っている。
「お待たせ」
その声に顔を上げると、薄手のカーディガンを羽織った美音が小走りで近づいてきた。髪がやわらかく揺れ、目元に浮かぶ笑みは、春の日差しのようにやさしかった。
「今日は早く終わった?」
「うん、ゼミがちょっとだけ。駅前のカフェ、まだ空いてるかな」
「行ってみようか。前に座った、あの席が空いてるといいな」
何気ない言葉のやりとり。だけどそのすべてが、今はかけがえのないものに思える。かつて“伝えられなかった”ことばかりを胸に抱えていた日々を経て、ようやく手に入れた日常だった。
ふたり並んで歩き出す。駅前の並木道は、少しだけ風に揺れていた。夕暮れが静かに迫り、街の音が柔らかく包まれていく。
「ねえ、夏樹」
「ん?」
「このまま、同じ景色をたくさん見ていけたらいいなって、思ってる」
「……うん。俺もそう思ってる」
言葉にしない約束が、そっと重なっていく。
未来はまだ、何も決まっていない。だけど、選び取っていくことはできる。少しずつでも、迷いながらでも――隣に誰かがいてくれるなら。
今、ふたりが歩くこの道の先に、どんな季節が待っているのかは分からない。けれど。
君に届いた、この想いを携えて。
僕たちは、また今日という日を、生きていく。




