再会の種
夏の太陽は真上にあり、アスファルトの照り返しがまぶしい。
地元の駅に降り立った夏樹は、少しだけ懐かしい気持ちになっていた。大学に入ってからの数ヶ月、毎日が新しい出会いと課題の連続で、ようやく訪れたこの夏休みに、心の底から「帰ってきた」と実感していた。
ふと、カフェで休もうと入った駅前の店の扉を開けたとき、彼女と目が合った。
「……あっ」
まるで時間が巻き戻されたかのようだった。
そこにいたのは、美音だった。高校の卒業式の日以来、一度も会っていなかった彼女が、同じように冷たいドリンクを頼んでいた。
美音も驚いたように目を見開き、けれどすぐに口元をやわらかくほころばせた。
「夏樹くん……だよね? 久しぶり」
その言葉をきっかけに、ふたりは自然と隣の席に座っていた。飲み物が出てくるまでの数分が、どこかくすぐったく、でも嬉しかった。
「まさか会うと思わなかった。帰省中?」
「うん、一週間だけ。夏休み、こっちでのんびりしようと思って」
「私も。地元の友達と遊ぶつもりだったけど、今日はひとりで本屋行こうと思ってたところ」
たまたま入ったカフェ。たまたま同じ時間に。
でも、その「たまたま」が、妙に意味のある出来事に思えた。
「高校のとき、ちゃんと話したのって、卒業式のときくらいだったよね」
「うん。でも、あのときのこと、なんか覚えてる。静かな教室で、少しだけ話して」
夏樹は、美音の言葉に頷きながら、胸の奥にあの日の空気が蘇るのを感じた。
春の夕暮れ、舞い込んだ風。気まぐれに交わした言葉。それが今、こうして目の前にある現実へと繋がっている。
「……ねえ、連絡、取り合わない?」
美音がそう言ったとき、その声は少し震えていた。
彼女のスマートフォンが差し出され、QRコードが表示されていた。
夏樹は、自分の端末を取り出し、静かにスキャンする。
「ありがとう。……ずっと、話してみたいって思ってたんだ」
「私も。大学違うし、連絡先も知らなかったし、偶然でも会えてよかった」
「偶然っていうより……いや、なんでもない」
ふたりは、顔を見合わせて笑った。
まだ何も始まっていない。でも、何かが少しだけ動き出した、そんな気がした。
外に出ると、蝉の声がさらに濃くなっていた。
美音は、手で額の汗をぬぐいながら振り返る。
「このあと、ちょっとだけ散歩しない? あの川沿いの道、久しぶりに歩いてみたいなって思って」
「いいよ。俺も、あそこ好きだった」
ふたりは並んで歩き出す。昔のこと、大学でのこと、他愛もない話を交わしながら。
その一歩一歩が、過去と未来を結ぶ橋のように感じられた。