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願い事と恋みくじ

元日の空は、澄んでいてどこか静かだった。街の喧騒も、正月特有の柔らかいざわめきに包まれている。冬の冷たい空気が吐く息を白くさせながら、夏樹は美音を待っていた。


 神社の鳥居の前、少し緊張した面持ちで美音が現れた。紺色のコートにマフラー、寒さにほほを赤らめながらも、どこか華やかな雰囲気をまとっていた。


「ごめん、待たせちゃった?」


「ううん、俺も今来たとこ」


 冬の定番ともいえる言葉を交わして、二人は並んで鳥居をくぐる。境内には初詣客の列が伸びていて、時折、境内に響く鈴の音と祈りの拍手が混ざり合う。


 「こうして神社に来るの、久しぶりかも」

 「俺も。高校のときは、家族で行ってたな」

 「私も。……でも、今日こうして来られてよかった」


 その一言に、夏樹は小さくうなずいた。言葉は少ないけれど、互いに「一緒に来たかった」気持ちが伝わるようだった。


 参拝の列に並びながら、境内の景色をぼんやり眺める。大きな絵馬や振る舞い酒の屋台、子どもたちの笑い声。日常とは少し違う、正月だけの時間がそこにあった。


 ようやく順番が回ってきて、二人は並んで賽銭箱の前に立った。


「じゃあ……お願い事、ちゃんとしないとね」


 美音はコートのポケットから五円玉を取り出すと、手のひらでそっと撫でてから賽銭箱へ落とす。夏樹も同じように、硬貨を投げ入れ、手を合わせた。


 願いごとは、心の中で。

 けれど、祈り終えたあと、美音が小さな声で言った。


「なんか……変なお願いしちゃったかも」

「どんなの?」

「……ないしょ。叶わなくなっちゃうもん」

「そっか。……じゃあ、俺も言わないでおくよ」


 でもそのとき、心の中では、同じような願いが浮かんでいた気がする。


(来年も、この子と一緒に来られますように)


 参拝を終えると、境内の一角にあるおみくじのコーナーが目に入った。並んだ木箱には「恋みくじ」の文字。


「……引いてみる?」

「え、恋みくじ?」

「普通のおみくじもあるけど、せっかくだし」


 美音は一瞬戸惑ったように目を泳がせたが、夏樹が笑いながらお金を入れると、つられるように「じゃあ……私も」と恋みくじを引いた。


 二人並んで結果を開く。夏樹は「中吉」、美音は「小吉」。


「ふたりの距離は、焦らずに少しずつ……だって」

「こっちは、“気持ちを言葉にすることで運命が変わる”……だってさ」


 どちらの言葉も、胸に不思議な引っかかりを残す。美音が小さく笑って言った。


「……占いって、当たるのかな」

「どうだろ。でも、信じてみるのも悪くないかも」

「……うん」


 風が吹いて、二人の間をふわりと通り抜けた。赤い糸でも結ばれていたら、今の風でほどけてしまいそうな、そんな不確かな距離。でも、少しずつ、確かになっている気がした。


「寒いね。どこか、あったかいところ行こっか」


 夏樹が言うと、美音はこくんとうなずいた。


 その笑顔は、祈りよりも、占いよりも、何よりも信じたくなる温かさを持っていた。


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