雪が積もるように
冬休みも半ばに差しかかったある日の夜。
外はうっすらと雪が降っていた。窓の外に白く霞む街灯を眺めながら、夏樹はソファに座っていた。
手元のスマートフォンには、最後に美音と交わした通話履歴が残っている。あの夜、「特別だよ」と言ってくれた美音の声が、今も胸の奥に響いていた。
──それから、何日かが経った。
ふたりの関係は、明確に変わったようでいて、どこか曖昧なままだった。
おはよう、おつかれさま、寒いね。そんな日常の挨拶は変わらず続いている。けれど、それ以上の言葉を交わすことはなかった。
「特別だ」と伝え合ったにもかかわらず、次の一歩を踏み出すには、どちらも少しの勇気を出しきれないでいた。
(俺たち、今……どういう関係なんだろうな)
スマホを見つめながら、そんなことを思った矢先だった。
画面が小さく震え、着信表示が現れる。
──美音。
胸が少し跳ねる。夏樹は反射的に応答ボタンを押した。
「……もしもし?」
『あ、夏樹くん。今、大丈夫だった?』
耳に届いた声は、いつもと変わらない穏やかさを含んでいる。けれど、どこか、言葉の後ろに間を感じた。
「ああ、大丈夫。……どうかした?」
『ううん、なんでもないよ。ちょっと……声が聞きたくなっただけ』
その一言に、夏樹の胸がじんわりと温かくなる。
『この前の……電話、覚えてる?』
「……ああ。俺が、ちょっと変なこと言ったやつ」
『ううん、変じゃなかったよ』
言葉の間に、雪のように静かな沈黙が降りた。
電話越しの向こう、美音が何かを探すように息を吸って、それから慎重に言葉を並べる。
『私、あのとき、ちゃんと伝えられたか自信がなかったんだけど……やっぱり、ちゃんと言いたくて』
「うん」
『夏樹くんは、私にとって、やっぱり“特別”なんだと思う。いつの間にか、そんなふうに思ってた』
その言葉を、夏樹は静かに受け止めた。
深く息を吐くと、胸の奥の雪が少し溶けたような気がした。
「俺も。あの夜の言葉、嬉しかった。なんて返していいかわからなかったけど、ずっと考えてた」
『……ありがとう』
電話の向こう、美音の声がほんの少しだけ震えているように感じた。
『でも、特別って言ったのに、何も変わってないなって。……ちょっと、不安だった』
夏樹は少し笑って言った。
「俺もだよ。でも、変わらないのが悪いことってわけじゃないと思う。少しずつ、でも確かに進んでる気がする」
『……うん』
その「うん」は、さっきより少しだけ安心した響きを帯びていた。
しばらくの沈黙のあと、美音が言った。
『ね、冬休み、もう少しあるよね?』
「うん、あるよ」
『……初詣、一緒に行かない?』
ふいに差し出されたその誘いに、夏樹の心はぱっと明るくなった。
「行こう。めっちゃ寒いと思うけど、ちゃんと防寒して」
『うん。夏樹くんとなら、寒いのも悪くないかも』
電話の向こうから、控えめに笑う声が聞こえた。
その笑い声が、心にふわりと雪のように舞い降りる。
――やっと、一歩前に進めた気がした。
特別という言葉の重さに迷っていた時間。
その迷いの中でも、お互いを想っていたことが、今日のこの会話に繋がっている。
「楽しみにしてる」
『私も。……また連絡するね。おやすみ』
「おやすみ、美音」
通話が終わったあとも、夏樹はスマートフォンを胸元に当てたまま、しばらく目を閉じた。
冬の夜はまだ長い。でも、その長さが今夜は心地よかった。
外では雪が静かに降り続いている。
まるで、ふたりの気持ちがゆっくりと積もっていくように。




