電話越しの灯
窓の外はすっかり夜の気配に包まれていた。12月の冷たい空気がガラス越しにも伝わってくる。カーテンを少し開けて、夏樹はベッドに寝転んだまま、手元のスマートフォンを眺めていた。
特に誰とやりとりをしているわけでもない。ただ、ぼんやりと画面を見ていた。
脳裏には、昨夜の駅前での光景が焼き付いている。キラキラと瞬いていたイルミネーションと、美音の横顔。彼女の視線はクリスマスツリーに向いていたけれど、自分の胸の内は彼女だけに向かっていた。
(……聞こえてなかったのか。まあ、あんなタイミングで言う方が悪いよな)
自嘲気味に笑ってから、スマートフォンを伏せる。そう思ってはいたけれど、それでも、ほんの少しだけ期待してしまう。彼女が、あの言葉の続きを考えていてくれたら、と。
そのときだった。
スマホが静かに震えた。画面には「椎名美音」の名前。夏樹は一瞬目を瞬かせたあと、慌てて通話ボタンを押した。
「……もしもし?」
受話口から聞こえてきたのは、いつも通りの、けれどどこか緊張を含んだ美音の声だった。
「あ……あの、大丈夫だった? いきなり電話しちゃって」
「うん、大丈夫。むしろ、ちょっとびっくりした」
「びっくり、させちゃったよね、ごめん」
言葉の端々にぎこちなさが滲んでいた。それは、まるで伝えたいことがあるのに、なかなかその核心に触れられず、間を埋めようとしているような口ぶりだった。
「今日は……寒かったね」
「うん、なんか雪、降るかもってニュースで言ってた」
「そっか……雪、降ったら、綺麗だろうな」
「うん。イルミネーション、昨日すごかったもんな」
その言葉に、しばらく沈黙が落ちた。どちらもその空白に息をひそめる。言葉の橋をかけるのを、どちらが先にするかを測っているようだった。
「ねえ、夏樹くん……」
美音の声が、ほんの少し震えていた。
「あのとき……昨日の駅前でさ、何か言ったよね?」
「……え?」
「ちゃんと……聞こえてたよ」
夏樹の胸が、ぐっと締めつけられる。言葉を交わしたその瞬間よりも、今この沈黙の方がずっと重かった。
「でも、あのとき、なんて言えばいいのか、わかんなくて……だから、ツリー見てたふりして、そっち向かなかったの」
「……そうだったんだ」
「ごめんね」
謝られるようなことじゃない。けれど、美音は本当に困ったようにそう言った。たぶん、自分の気持ちを正直に言えなかったことが、悔しかったのだろう。
「でもね、私も……」
また、少し沈黙があった。夏樹はじっと耳を澄ませた。
どこか遠くで、時計の秒針が刻む音すら聞こえてきそうだった。
「私も、特別だなって、思ってたよ。夏樹くんのこと」
それは、確かに“告白”ではなかった。けれど、それ以上の想いがその言葉には込められていた。
スマホ越しに聞こえる彼女の息遣いが、妙に近く感じた。
「ありがとう、美音」
そう言うのがやっとだった。言葉にすれば壊れてしまいそうで、そっと大事に受け止めたかった。
「なんかね、こうやって話してるの、ちょっと不思議だよね」
「うん、大学では別々なのに、冬休みになったらこうして電話してるなんて」
「ね。しかも、ちょっとだけ、距離が近づいた気がする」
その言葉に、夏樹は頷いた。彼女には見えないけれど、それでも伝わるように。
「……また、会いたいな」
「うん、俺も」
静かに交わされた言葉の中に、未来の気配があった。
「今日、電話してよかった。ほんとは、すごく迷ったんだ」
「かけてくれて嬉しかったよ。……正直、ちょっと待ってた」
美音が小さく笑った声が聞こえた。どこか照れたようで、それでも嬉しそうな音だった。
窓の外を見れば、街灯の明かりに交じって、ひとひらの雪が舞っていた。まるで、ふたりの心の上にも降り積もっていくように。
「また、電話してもいい?」
「うん、いつでも」
通話が切れたあとも、耳に彼女の声が残っていた。冬の夜の静けさのなかで、それはまるで灯りのように心を照らしていた。
細くて、頼りなくて、それでも確かに、今ふたりはつながっている。




