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よかった、わたくしは貴女みたいに美人じゃなくて

「フィリップ、お主は本当に不細工な女を嫁にしたものだな」


 顔を真っ赤にした国王が笑いながら、嫁のリーシャを見て、息子のフィリップに言う。片手に盃を持ち、上機嫌だ。


「父上。リーシャはかわいらしい女性ですよ。そういうことを言わないでください」


 心底嫌そうな顔をしたフィリップが、国王を嗜める。


「あなた。女性にそのようなことを言うものでありませんわ」 


 傾国の美姫と謳われた王妃もリーシャを庇った。何も言わないが第二王子も顔を顰めている。


「すまない。ミリアの美しさを前にすると、すべての女性が霞んでしまうと言いたかっただけだ」


 慌てた様子で王妃の機嫌を取ろうとする国王は、リーシャに怒鳴った。


「お前も、ミリアに何か言わぬか!?」


「……申し訳ございません。お義母様。お義父様を許してあげてください」


 国王に冷たい視線を向けていた王妃は、リーシャの手を取ると、言った。


「ごめんなさいね。この方になにか言われたらすぐに教えて頂戴? わたくしが叱って差し上げますから」


 すごい視線をリーシャに向けていた国王は、王妃が振り返ると慌てて笑みを浮かべた。


「母上。私たちは食事の時間をずらすようにします。また父上にリーシャを貶められたらたまりませんから」


「そうね。これで懲りなかったら、わたくしもあなたたちと同じ時間に食事をとることにするわ」


「僕もです」


 第二王子が王妃の言葉に乗ったことで、国王は慌てた様子で言った。


「すまなかった! 許してくれ! ミリアとの食事が一日の楽しみなのだ!!」


 そうして、国王はおとなしくなるかと誰もが思った。そして、実際、家族の前では大人しくなった。




「ふん、醜女が」


 王宮での通りすがり、お互いに最低限の側近しかついていないとき、国王は必ずリーシャに暴言を浴びせた。


「お前のせいでミリアが冷たくなったではないか」


「申し訳ございません」


 頭を下げるリーシャに溜飲が下がった様子の国王は続ける。


「女のくせに、政策を提案して褒められているようだな。お前の発想なんて貧相だが、手柄はすべて寄こすように」


「申し訳ございません。フィリップ殿下との共同案となっておりますので、今からわたくしが抜けると……」


「ふん、使えないのに手柄を欲しがる浅ましい女だ」


 そう言って国王は去っていった。いくらフィリップや王妃、第二王子が防ごうとも、同じ王城に過ごすもの同士。すれ違うことは避けられず、そのたびに国王はリーシャに暴言を浴びせた。


「今度、外交を担うと聞いたが。こんな醜女が王子妃だなんて、相手国に驚かれないか?」


 ふん、と鼻で笑いながら言い放つ国王に、リーシャは頭を下げる。そして、後日、流暢な外国語に丁寧なもてなし、会談で困った際に上がる豊かな提案でリーシャが相手国に絶賛されると、不機嫌そうに黙っていたのだった。








「皆様。わたくしも王族の一員として、ここに加わることができて、大変嬉しく思いますわ」


 国王の「お前は美人を嫁にしろ」という言葉が煩かったからか、第一王子の婚約者候補として最後まで残っていた有力貴族の娘だからか、第二王子は、国一番の美人と評判の令嬢を嫁に迎えた。

 王妃を儚げな美女と評するのなら、第二王子妃となったメーラは濃い目の美女だ。


「フィリップと違って、美人を嫁にしたか。やるな」


 第二王子妃の容姿に満悦した国王に、いつも通りフィリップと王妃が窘めようと声をかけると、メーラが声を上げて笑った。


「ふふ、お義父様ったら。そんな本当のことを言っては、お義姉様がかわいそうですわ。フィリップ様の女のセンスはいかがなものかと、わたくしの友人たちも言っておりましたもの」


 メーラのその姿に、第二王子は頭を抱え、王妃は汚物を見るような視線を向けた。しかし、そんなことに気が付かない国王とメーラは、リーシャを蔑み続けるのだった。


「メーラ。兄上の妃に対して、言葉が過ぎる」


「よいだろう。儂が許しているのだから」


 メーラが酒を注ぐと、嬉しそうに国王が言った。


「あなた……?」


 王妃が、そう声をかけると、慌てたように国王が言葉を連ならせた。


「いや、その、ミリアの美しさは本当にこの世界で一番だなと思ってな」


「美しい嫁ができて満足そうで」


「ふふ、やだぁ、お義母様ったら。嫉妬なさったのかしら? ふふ、お義父様、心配なさらなくてもお義母様はお義父様に夢中なんですよ」


 そう言って酒を注ぐメーラは、良家の子女というよりも平民の酒場の娼婦だ。


「リーシャ、本当にごめんなさいね」

「義姉上、重ね重ね申し訳ない」


 フィリップが大切そうにリーシャの肩を抱き、王妃と第二王子がリーシャに謝る。


「いえ、いいのです。わたくしは大丈夫ですわ」


 そう言って笑みを浮かべるリーシャ。結局リーシャをけなし続ける二人に憤慨したフィリップが先に部屋に戻ると言って、強引にリーシャを連れて部屋に戻っても、王妃や第二王子が呆れて部屋に戻っても、二人は盛り上がり続けるのだった。






 後日、リーシャが執務室に向かって歩いていると、二日酔いでふらふらしているメーラと出会った。


「あら、ブスだと嫁いびりされて大変ですわね、お義姉様」


 体調が悪いのだろうに、あざ笑うことを忘れないメーラにあきれた気色を浮かべたリーシャは、静かに言い返した。


「フィリップ様はわたくしを選んでくださったので」


 どちらが王子妃になるかというとき、政策を討論する中で恋に落ちた二人と、敗れた令嬢という評価を得たメーラ。メーラの劣等感を刺激するには、十分だったようだ。


「ふん、ブスなお義姉様と違って、お義父様にかわいがっていただいて、わたくしの結婚生活は平穏ですわ」



 そう言って、ふらふらとしながら去っていくメーラにため息を吐いたリーシャは、執務室に向かったのだった。






「メーラは本当にかわいいな」


「ふふ、お義父様ったら。また、お義母様が妬いてしまいますわよ」


 酒を飲みかわしながら盛り上がるメーラと国王に、呆れかえった様子の王妃がリーシャにこぼす。


「ごめんなさいね。ただ、あの子が機嫌をとってくれるから、リーシャが貶されなくなって……そこだけはよかったわ」


 かわいいメーラに宝飾品を貢ぎ、かわいがることに夢中な国王。そのおかげか、リーシャへの暴言もほとんどなくなり、宝飾品に満足したメーラからの暴言も減ったのだった。


「いえ……ただ、義父と義娘といえども、この距離感は許していいのでしょうか?」


 リーシャが王妃に問いかけると、ため息を吐いた王妃が言った。


「わたくしが娘を産めなかったから……。あの人、かわいい娘がほしいとずっと言っていたから、仲良し親子ごっこをして、満足なのでしょう」


 いちゃつく二人を見ながら、リーシャが第二王子を見ると、そこには冷めた目で自分の妃を見る男がいた。そのあまりの冷たさにリーシャは思わず腕をさすってしまった。









「あら、お義姉様」


 廊下ですれ違ったメーラの顔色があまりにも悪くて、リーシャは思わず心配の声をかけた。


「大丈夫? 顔色がすごく悪いように見えるけど」


「ふ、ふん。お義姉様はブスだから、お義父様にこんな宝飾品をもらったこと、ないでしょう?」


 顔色が悪いまま、誇ったように宝飾品を見せるメーラに、呆れたようにため息を吐いたリーシャが何かに気が付いたように言った。


「……それ、国王陛下の瞳の色……瞳の色を与えるのなんて、寵姫の証し……」


「う、うるさいわね! ちょ、寵姫と同じくらいかわいい義娘って意味よ! 邪推しないで頂戴!?」


 慌てたようにそう言って、メーラは去っていった。その立ち去る方向をしばらく見ていたリーシャは、頭を軽く振って、執務室に戻る。


「まさか、ね……」



 国王はメーラを可愛がることに夢中で、日に日にメーラへの贈り物が増えて行った。それと同時に、なぜかメーラの元気がなくなっていった。なぜだろう、とリーシャが不思議に思っているものの、すれ違うと飽きもせずに暴言を投げかけてくる。しかし、それも徐々に減っていき、ふらふらとしたメーラの姿を何度か見かけ、挨拶を投げかけても無視されるようになった。気になることは気になるものの、リーシャは結婚以来初めてなほど平穏な日々を過ごしている。

 しかし、なぜかリーシャの体調が悪い日が続いた。


「リーシャ……医師に診てもらおう」


「大丈夫よ」


「最近はおとなしいが、あの女狐と父上からの嫌がらせが、精神的な負担になっているのかもしれない。必要なら、一緒に静養の旅に出ようか」


「ふふ、もう、あなたったら」


 フィリップが呼んだ医師が言った。


「おめでとうございます。ご懐妊です」


「まぁ」


「リーシャ! ありがとう! さぁ、寝ていてくれ。父上たちにはこの部屋に近づくことができないようにしておこう」


「殿下、安静も大切ですが、妃が体力を落とさないように注意してくださいね? 出産はかなり体力をつかいますので」


「じゃあ、離宮に移るか? 父上たちは子の教育に悪いことばかり言うからな」


「くれぐれも、妃のお腹には御子がいらっしゃるのですから、無理させないように願いますよ?」


 そう呆れたように告げた医師が、思い出したかのように言った。


「そういえば、先日、第二王子妃もご懐妊がわかりましたから、おめでたいことは続くのですねぇ。まだ公式発表がされていないようですが、第二王子妃は月数的にそろそろ発表してもいいと思うのですが……」


「え?」


「あれ、まだ聞いていらっしゃいませんか? まず、第一王子妃に相談するって言っていたのですが……」


 医師の言葉に、フィリップとリーシャが顔を見合わせる。その間に片づけを済ませた医師は、退室の挨拶をして出て行った。








「どういうことだ?」


「体調が安定するまで、隠しているのでしょうか? 最近、ふらふらなさっていたから……」


 夜の食事の始まりの時間に、懐妊の報告だけすることに決定して、リーシャは部屋に押し込まれ、フィリップは周りに花が飛んでいそうな空気で歩いて行った。








「父上、母上、報告したいことがあります」


 フィリップにエスコートを受けたリーシャは、食前の祈りが始まる前に、花の飛んでいるフィリップと食堂に行った。


「……兄上、ご機嫌そうですが、なにかいいことがあったのでしょうか?」


 第二王子の言葉に、待ってましたと言いたげなフィリップが言った。


「リーシャが懐妊しました! 父上も、メーラ妃も、リーシャに精神的・肉体的負担を与えないように願います。我々の執務室や私邸にはくれぐれも近寄らないでくださいね?」


「兄上、リーシャ義姉様、おめでとうございます」

「フィリップもリーシャ妃のことをしっかり支えてあげるのですよ?」


 祝福の言葉を聞いたメーラは、顔色を青くした。ふん、と鼻を鳴らした国王は言う。


「王子が二人産まれるまでは、王子妃として務めを果たすのだ」


「父上?」


「あなた?」


 国王の空気を読まない発言に、王妃の鋭い視線が飛んだ。国王がたじたじになりながら、言い訳を言う。


「ミリアも王子を二人産んだじゃないか」


「妊婦に負担を与えるなんて、おやめください」


 王妃の機嫌をとろうと必死の国王を尻目に、リーシャが首を傾げる。


「メーラ妃も懐妊しているのではないのですか?」


「え?」


 メーラを思わず見た第二王子に、首をぶんぶんと振るメーラ。


「でも、メーラ妃が懐妊していると聞いたが……」


 フィリップも重ねてそう問うと、第二王子が否定した。


「婚姻以来、メーラと閨を共にしておりません。兄上に子ができるまで、そのような跡目争いになりそうなことをするはずないじゃありませんか」


 顔を真っ青にしたまま、倒れてしまいそうなメーラ。気まずそうに国王もその様子を見ている。その様子に違和感を持った王妃が言った。


「貴女、王子以外の者との子供を持ったの?」


「ち、ちが、わたくし、その、無理やり……!」


 そう言ったメーラの声に被せるように、国王が言った。


「そんな身持ちの悪い娘だったとは。実の娘のようにかわいがっていたのに、ひどい裏切りだ、なぁ? リーシャ?」


 突然媚を売るような声を向けられたリーシャは、驚いて固まった。そんなリーシャを見て、フィリップが有無を言わさない満面の笑みで言った。


「大切な身体になにかあってはならないからね。リーシャは部屋に戻っていて」


「はい」



 振り返りながら、リーシャが出ていくと、怒りを浮かべた王妃が国王に言った。





「あなた、わたくしとの婚姻の条件を覚えておいででしょうか? 結婚後三年、子ができなかった場合はわたくしと離縁し、わたくしとその従者たちを国に戻す。子が出来た場合は、その者を正統な王位継承者と指定し、他の女性に手を出さない。破った場合は、指定された額の慰謝料を個人資産から出し、直ちに離縁を認める」


「そ、それは、その、わ、儂は何も知らぬ! メーラは、従者やなんかと契ったのではないだろうか?」


「ち、違います! お義父様との子供です!」


「五月蝿い! いや、儂は悪くないのだ! その小娘が、色仕掛けして、そう、薬を盛って襲ってきたのだ!!」


 慌てて言い訳をする国王に、売られたメーラは声を上げる。


「な!? わたくし、襲われたのですよ!?」


「いや、夫が相手をしてくれないから、王族の血を引く子を孕みたいと襲ってきたのだ!!」


「……メーラ、そうなのか?」


 全員が疑いの目をメーラに向ける中、ずっと黙っていた第二王子がメーラに問うと、メーラは涙した。


「違う、それだけは違うの! わたくし、確かにお義父様に気に入られようと必死でしたわ。でも、そんなわたくしに薬を盛って襲ってきたのは……お義父様なの」


「何を言うか! 証拠は、証拠はあるのか!?」


 ふんふんと鼻を鳴らしながら、国王が喚く。しょ、証拠は…と、俯くメーラに王妃が視線を向ける。


「証拠はございます。わたくしの影をつけておりました。リーシャへの態度が目に余り、離縁を突きつけるか悩んでいたところ、メーラにまで手を出すのですもの。思わず笑ってしまいましたわ」


 王妃が美しい姿勢でそう言い放つと、国王はもごもごと反論した。


「お、お前の影など、信用ならない」


「あら? あなたがつけてくださった影です。その影が、あなたのくれた記録の魔術具を持っていたのですよ?」


 結婚の時の条件でしたのに、と肩をすくめる王妃の言葉に、国王はがくりと肩を落とした。


「婚姻の時の契約が破られたので、わたくし、離縁して国に帰りますわ」


 笑顔で国王にそう言った王妃に、国王は床に這いつくばる勢いで縋りついた。


「捨てないでくれ、ミリア、お前だけを愛している。お前だけなんだ」


「では、すぐに国王の座をフィリップに引き渡して隠居してくださる? そうすれば、離縁は検討いたしますわ」


「わかった! すぐにする!!」


 王妃の言葉に、即座に手続きを指示する国王。議会の承認は、急病という理由をつけて宰相や数人の大臣の承認のみを得て、すっ飛ばした。




 玉座に座したフィリップが前王妃に尋ねた。


「母上……離縁なさらなくてよろしいのですか?」


「これ以上、あなたたちに迷惑かけられないですもの。それに、本当はもう一人欲しかったけど、体力がなくて産めなかったから、赤子を育てられることになって嬉しいわ」


 子に罪はないものね、と前王妃は微笑む。前国王は、療養のためという名目で領地に幽閉された。元第二王子妃メーラは、不義に通じたとして北の塔への幽閉となり、子には王家の血が流れていないこと、メーラの子は流れたことと公表された。







 北の塔で誰にも見つからずこっそりと無事に産んだ子は、無事に前王妃の元へと届けられた。すくすく育った子を抱いて、前王妃は横に立つ護衛騎士を見上げた。


「産まれてみたらあなたとわたくしの色を受け継いだ子供のようで、とても愛らしいわ」


 前王妃が元々想い合い、婚約していたのは、祖国から連れてきた護衛騎士であった。国が弱っていたため、美しすぎる前王妃を守ることができず、前国王が国力に物を言わせて娶ったのだった。せめてもの幸せを願った前王妃の父であった国の王は、様々な条件をつけて嫁に出した。そして、心配した護衛騎士は、愛する女性のためについていったのだった。前王妃のそばにいるのなら、断種しろと断種させられた護衛騎士との子を、たとえ離縁したとしても望むことはできず、愛する想いに蓋をして過ごしていた二人は幸せに暮らしたのであった。


「父上。母上から離縁状が届きましたので、国王の承認印を押して送り返しておきました」


 そう言われた前国王は、正気を失い屍のように余生を過ごしたのだった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


異世界ミステリー(自称)も執筆しておりますので、よろしければご覧いただけると嬉しいです!

「外では決められたセリフしか言えません!」~残念令嬢の心の声 【短編題】「麗しくて愛らしい。婚約してくれ」と言われました。間違えてますよ?

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