エピソード2 ゾルベスク Age32
魔暦2007年の事だ、平原に馬車が走っていた。
「本当に大丈夫ですよねぇ?」
御者は額に冷や汗を溜め心配そうな声を上げる。
「大丈夫に決まってる」
「だけど昨今ロポスの獣族どもが力を上げているんでしょう?特に黒髪の半獣族、風切の能力に加え化け物に変身できるのだとか、あんなのに勝て
「だから大丈夫言ってんだろうが!何回言わせるんだこのボケェ!!!」
「い〜!すんませんすんません」
「おいアーゼス!怒鳴るんじゃねえ!馬車ひっくり返してえか!」
スーザンは叱責する。
「分かってる、この取引が失敗すればかなり大打撃になる、それに帝王からの名だ、絶対成功させるぞ」
「ハハハ!!!それでこそ我の従士よ!」
ディアンは大声を上げアーゼスの背を叩く。
「やかましい!」
「それにザースがいるだろ?だあああいじょうぶ!!!!」
「あ?居たのかこのガキ」
奥には紫髪の目元の隠れた少年が座っていて、黙りこくっている。
「船に乗った時前の水を消して潮の流れを操作してもらうから呼んだんだ」
「なるほどおおおおおお!!!!スーザンはかしこいなああああ!!!!!!」
「だろ?俺の妻は賢
御者の首がアーゼスの前に転がった、その瞬間首の無い馬は転び馬車を横転させた、途方もない遠心力で全員投げ出される。
「はあ、はあ、一体なんなんだ!!!」
アーゼスは起き上がり今状況を考える。
「全員無事か?」
「ああ!!!なんとかな!!獣族か!」
「魔獣が来るぞ!」
大量のイノシシ型、此方に向かってくる。
「なんだよ!ここら辺は悪魔はいないルートだって言ってただろうが!」
アーゼスは怒り狂い御者の生首を蹴り飛ばす。
「馬が逃げる!囲え!」
「分かった!!!!」
馬は一匹生きていて、開放され逃げ出そうとしていたが壁で囲われた。
「おいやれザース!」
「え」
彼が戦場に立ったのは初めてだ、一度も戦ったことのない兵士でも立候補すれば勇者になれる。
「あ、あああああ!」
ザースは両手を翳すと、突進したイノシシの体が掌の先からまるで透明な壁を通過したように分解されていった。
「ははは!すげーぞ!」
そう、この男が消滅の勇者ザース・ゾルベスクなのだ、この話は彼がまだ生きていた頃の話。
「嫌だ、悪魔にはなりたくない!」
悪魔になるのを恐れたザースは消滅を止めた、雪崩込むイノシシにザースは弾き飛ばされる。
「まずいな、退避だ!」
「あああああ!!!」
スーザンが悲鳴をあげる。
「どうした?」
アーゼスが飛んで見るとスーザンの右足はイノシシ突進によって折られ、皮膚は紫色に腫れて骨が突き出ていた。
「さっさと壁を解除しろ!」
ディアンが壁を消すとアーゼスはスーザンと共に馬に向かいすぐに乗り込む。
「僕も乗せてください」
「どけカス!」
ザースは起き上がり馬に近付くが顔面を蹴られ振り落とされる。
「アーゼス我が運ぶぞ!!!!!」
「触んなゴミ!」
「……捕まれザース!!!!!!我達は飛んで帰るぞ!!!」
――
「くそ〜!どうしてくれんだよ!このバカ兵士共!」
ルーカスは嘆き蹲る傍ら右足を無くしたスーザンは悲痛の声を上げながら担架で運ばれていく。
「お前のせいだ!お前のせいで俺の妻は足を失ったんだ!」
アーゼスはザースに近ずき頬を殴り怒鳴りつける。
「そんな!僕も戦ったのに!」
「よせよ!!!!!仲間同士で喧嘩はするなああ!!!!!」
ディアンが割り込む。
「うるせえよ!消滅まで持ってるのにこの無能っぷりはなんなんだ!頭にくるぜまったく!」
「今度も失敗したらお前の嫁からもう片方の足も売ってやる!」
「ああ?「ひぃい」
挑発するルーカスにアーゼスは詰め寄り睨みつけると小物商人は怯えた仔羊のような声を上げ逃げた。
「絶対に見つけ出して潰してやる、待ってろやクソロポス!」
アーゼスはそれだけ言い残すと何処かに行った。
――
「魔物をけしかけた戦法は上手くいったな!」
「本当よく思いつきましたね、凄いですよリックさん」
部下達は戦利品を物色する。
この黒髪の猫耳が生えた男はウルフリック・ダイヤモンド、ザンドラからザポネへの取引に向かう商人の馬車を襲い、その戦利品だけで生計を立てる獣族盗賊団の集落である口ポスのリーダーだ。
「女の兵士片足折れてやがったぜ!」
「あの物質を消す奴を仕留め損なったのはネックだな、あの力は厄介だ」
「おい!酒があるぞ!」
大人達が騒ぎ散らかす中、やせ細った顔のアウリスが前に出る、この時はまだ1歳。
「があああ!!」「ぐあああ!!!」
2匹の毛むくじゃらの獣族がアウリスに吠え払い除ける、それは彼女の両親であった。
純獣族にとって半獣族は子供は特に穢れたものとして扱われ生まれた時に殺されるのだ、だがその価値観は滅びつつあった大昔の物でロポスの結束には邪魔な物として排除されたはずのもの、アウリスは異常な思想の被害者だった。
「おい、いい加減にしろ」
リックは2人をぶちのめすと、パンを取るとアウリスに渡す、それをアウリスはやせ細った手で受け取ると、生まれて初めて彼女は微笑んだ。
「リック、あんな奴ら追い出しちまえよ」
純獣族は半獣族の間では悪評だ、基本鳴き声しか発せず言葉も話せない、その上獰猛。
「あれでも仲間だし、臭いを隠すのに純獣族は長けている」
「お父さん、この子ずっと叩かれてて可哀想だよ」
「ああもう見兼ねたよ、今日からお前は俺の子だ、俺の子なら名前を決めてあげないと」
「………………ァァ」
まだ言葉を話せないアウリスは小さな鳴き声を上げた。
「アー、そうだな、賢明で強く生きる、アウリスってのはどうだ?」
「あーう、いーう?」
「そう、アウリス!私はウルフレッド・ダイヤモンドだよ!よろしくね!」
――
それから2年、アウリスは言葉を覚えてレッドとリックと共に暮らしていた。
「なあアウリス、お前は俺のように賊として生きて欲しくない」
「え?でもあたしリックおじさんはすごいと思うよ?」
「ロポスはそう長くは続かない、だからお前のような優秀な次世代の獣族はザンドラへ行きシュタルペイン家に入りノブレスオブリージュに則って生きるのが1番幸せになれるだろう、貴族の家で暮らせるからな、あそこなら獣族でも雇ってくれる」
「のぶれすおぶりーじゅ?分かった、あたしがんばる!」
「お父さん私は、ザンドラには行きたくはな
レッドが何か言いかけた、その瞬間集落中に爆発音が鳴り響いた。
「クソ!砲撃だ!あいつら場所を突き止め準備してやがった!」
「ハハハハハ!!!ようやく見つけたぞクソロポス!全員コロしてやる!!」
アーゼスは叫び散らかしてはこちらへ斬りかかった。
「アウリスレッド逃げろ!」
アウリスの両親は一瞬で斬り殺されてしまった、リックが次の獲物へ振り払う刃を止めた。
「なんだお前、お前だな?ここのリーダーは」
「そうだ!」
「俺はアーゼス・ブレイドビー!これからお前の首を持ち帰り英雄となる男だ!」
どちらも素早く鋭い剣筋、並の剣士じゃ1秒たりとも持たないだろう、お互いの剣先が肉を抉り体力を奪っていった。
「ここまでやる奴は久々だ、それにお前は勇者じゃない」
「はぁ、はぁ、見せてみろよ、お前の正体」
「いいんだな?吠え面かくぞ」
リックは剣を捨てると、身体中に毛が生え、むくむくと何倍も何倍も体躯が伸び始め、遂には鉄製の鎧を引きちぎり強靭な筋肉を露にした。
「ま、魔獣…!」
「さあ、殺ろうか」
リックは音もなく姿が消える、アーゼスは矢が獣族達を撃ち抜かれていく光景を戦場を見渡す、すると弓兵達が細切れになっていた、アーゼスの前に3つ生首が転がる。
「あ?」
「遅い」
リックは刃となった爪を振るう、アーゼスは振り向く猶予もなく背中をバッサリと切り刻まれる。
「アーゼス、お前は家族を殺した、お前だけは拷問の末生皮を剥ぎ火炙りにして食ってやる」
「…………ザース!」
地に伏せもがく足の腱を切ろうとしたリックの両腕が消し飛ぶ。
「お父さん!」
「逃げよう!」
レッドが前に出ようとするがアウリスが手を引っ張り走った。
アウリスは見ていた、リックが一瞬で細切れになる瞬間を。
「よくやったザース」
「えへ、どういたしまし
ザースの身体に紫色の雷が走る、第2段階が始まったのだ。
「クソガキももう用済みだ」
アーゼスは首に剣を突き刺そうとした瞬間、彼の周りの地面が円型に消えていったので、距離をとる。
「クソおおおおお!!!手遅れじゃないかああああ!!!」
ディアンも飛んで来ては叫び散らかす、ザースの頭と脇腹から5本真っ黒な角が伸び続け、異様な姿へと変貌した、地面を浮き白目をひん剥いて此方を鬼のような形相で睨みつける。
「お前達は魔草から逃げているが僕は違う!僕は選ばれたいいや自分で手に入れたんだ!」
ゆっくりとこちらに向かう、近くの地面は雷鳴と共に穴が開く、その範囲は瞬く間に広がり周りの人間が穴に変えられてゆく。
「それなのにずっと僕をいじめやがって、復讐だ!殺してやるぞアーゼス!その後はロポスもザンドラの奴らも臆病者共を皆殺しにしてやる!」
「俺だけ連れて行け」
ザースの腹には剣が突き刺さっていた、彼はアーゼスを見ると、笑った。
「お前らあああああ!!!!!!逃げろおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
「なにあれ」
集落を抜けていたアウリスが呟く、遠くで黒い玉が拡がっていく、兵士達が間に合わず吸い込まれていく。
「きゃ!」
レッドとアウリスが何者かに捕らえられた。
「離して!」
「やっぱり待ち伏せしといて成功だったぜ」
「ロポスがぶっ壊れればガキは避難させようとするだろうからな、それで獣族の奴隷ゲッチュー、お前らはゴブリンなんか比べ物にならんくらい高く売れるからなぁ」
「目論見通りだったぜ、ヒヒヒ」
奴隷商人の盗賊共だ、奴らはロポス侵攻の情報を知り卑怯な手で奴隷を手に入れようと企んでいたのだ。
「離しやがれ!あたし達はシュタルペインに会わなければいけないんだ!」
「あ〜あいつらはね〜、俺達が殺してやった!奴隷商人からしたら本当に邪魔だったからな、ははははは!!!」
その瞬間、アウリスは拘束を振り払いレッドを抑えていた盗賊に飛び込み首を噛みちぎる、喉仏を失った盗賊は壊れた蛇口の様に首から噴水が巻き上がり己の血で溺れ死んだ。
「このガキ!化け物かよ!」
「逃げてレッド姉!」
アウリスは取り囲まれ、小さな体が絶え間なく踏みにじられ、気絶してしまった。
「あいつを追え!」
―現在―
「まさかニンジャがアウリスの知り合いだったとはな」
「手荒な真似をして悪かった」
レッドはアミラ達に土下座をした、どうやら襲ったのは力を見極めたかった為だとか、アウリスが来たから結局全員城に集まる事になってしまった。
「そんないいって!それにあんな強い奴と戦ったのは久々だ、ぐへへ」
レッドはアウリスに似て長身で美形だが、顔立ちが凛々しくそして体術はかなりの手練ときた、正直俺は彼女に惚れてしまいそうだ。
「姉貴きめえぞ、確かに姉貴に勝てる奴はこの世に片手で数えるしかいねえがな」
「さっきので服は汚れてしまっただろう、代わりの物は採寸は出来てたか?」
天崎が襖を開け現れる。
「大丈夫だが、何故に着物?」
ここに来る時狐の純獣族が出迎え着替えさせられた。
「そりゃザポネだもの」
〈着物はあんたが広めた物だろう、あんたはこの世界の人間じゃない、そうだろ?〉
「お姉様?」
「その言語、初めて聞いだぞ」
〈という事は貴方が転生者?〉
俺は唇に人差し指を当てる。
〈皆には話していない、話すと困惑を招くから、頼まれた件もある、後で詳しく聞かせてくれ、俺はお前が誰か知らないからな〉
「分かった」
天崎はザンドラ語で返事を返した、今話していたのは日本語だ。
「さっきから何語で何を話していましたの?」
「ザポネ語だよ、少し挨拶でね」
「こんなにお客さんがいるんだ、宴でもしよう」
バートラムは怪訝な表情で俺と手を叩く天崎を見つめる。
「ザポネ語は知ってるが、あんな言葉ではないはず」
――
「リズお姉ちゃん食べ過ぎ〜!さっきも食べてたでしょまた吐くよ!」
ガウラが爆食いするリズに声を掛ける、他人を気にするとこはイギル似か。
「あの時は船酔いで、私はまだ腹三部目ですわ!ガウラくんももっと食べて大きくなるのですわ!」
「無事で良かった、アウリス」
「本当にあたしら死んだと思ったよな!あの後どうしたんだ?」
「海に飛び込んでザポネに流れ着いた」
騒がしい傍ら、俺は遠くの縁側で1人正座し風景を眺めていた、天崎が近づくと俺は振り返る。
「お前が何者か聞かせてもらおうか」
「佐藤和紗」
「お前!あの時の!」
「日本に旅行してて旅館で泊まっていた時、その旅館の娘が借金返済の件で働かせようとヤクザに襲われてるのを貴方が見つけて助け」
「それでヤクザ全員敵に回しちまって、その時に助けてくれた女性警官、だろ?あの時は助かった、その後死んじまったんだな」
この話はひたすら米軍の男が日本のヤクザをボコボコにするアメリカホルホルストーリーなので詳しく話すのはまた今度にしよう。
「少し後にパトカーでひったくり犯を追いかけてた時に運転手がヘッドホン付けてたトラックにぶつかってね」
天崎は隣に座り日本酒を注ぎ俺に渡す。
「お互いいろいろあったんだな」
「まあね、そっちはエルフでしょ?私も上級魔法使いで魔力もかなりあってどちらも長生きするでしょうね、長い付き合いになるよ」
ザンドラでは勇者と魔王だが、実は下級魔法使いと上級魔法使いの方が一般的な呼び方であり、下級は寿命は伸びないが悪魔化を乗り越えた上級は魔力の量によって寿命が伸びる、実際コッドは200年は生きてるという。
「まさかジェイクが美少女ロリエルフになってるなんて本当にびっくりしたよ」
「どうせなら巨乳になりたかった」
「リズちゃんみたいな?」
「うーんまあな、つかこの姿は不便過ぎる、32歳なのに未だ子供と見間違われる」
「うっそ、アンチエイジングどないなってんの、けど私も40ちゃい☆」
天崎はウインクピースして年をぶっちゃける、そっちも妖狐で歳を取らないんだな。
「そういえば殺して欲しいって誰を?組織か?個人か?」
「魔王竜デストラストを崇拝する者達よ、その話はバートラムも呼んで一緒に話そう」
――
死体の山の上、チャイナドレス姿の竜の角が生えた黄緑髪の幼女が立っていた、ちぎれた脚を骨ごと頬張り生首を手に鉄のストローを指すと脳をじゅるじゅると音を立て吸った。
「こいつが超強いって忍者?確か防御無視と影って奴?なんか2匹ともあんましぱっとしなかったな、のうみそまずー」
「デストラスト様を殺したエルフが島に来たとの事です、そいつはきっと美味でしょう」
長い角の生えた白髪長身の老人が口を開く。
「アミラとやらよくもデストラスト様を殺してくれたな!必ずや我々が仇を打つ!行くぞ!」
真っ赤な鱗で覆われ顔まで竜のような男が翼を広げ叫ぶと、魔王竜デストラストとは二回り劣るが、それでも巨大な赤の竜へと姿を変えて行った。
「御意に」「はーい♡」
老人は真っ白な竜、少女は桃色の竜へと同じく姿を変え、アミラ・レッドバードの元へ飛び立った。
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