第7話
〜那古野城〜
カンッと…木剣がぶつかり合う特有の音が朝から響いていた。
城内では聞き慣れた音。
ひとりは吉法師。
相手は歳もさほど変わらない少年である。
まずは乳兄弟について話をしよう。
肉親ではないが、同じ人の乳で育てられた者を言う。
吉法師には”池田恒興”と言う乳兄弟がいた。
恒興の誕生は天文5年(1536年)。
父は尾張織田氏家臣・池田恒利。母は養徳院。
母の養徳院が吉法師の乳母であり、父恒利の死後、吉法師の父の織田信秀の側室となっている。
そんなこともあり恒興は吉法師幼少の頃から小姓として仕えており、年が近い中では1番心を許せる相手でもあった。
「若様。」
恒興の性格を一言で言い表すなら”真面目”。恒興が2歳になる前に父を亡くしている事も少なからず影響しているだろう。
「今日も稽古ありがとうございました。」
戦のあと、剣の稽古では、恒興と一緒に鍛錬する事が増えた。
理由は城内に暗殺者が紛れ込んだ事から始まる。暗殺者は吉法師の手により倒されたのだが、小姓でもある恒興は、気が付けなかった自分が許せないと、罰を与えて欲しいと言ってきたのだ。
それには吉法師も頭を悩ませた。
城内に侵入してきたのは手練れであったし、そもそも内通者もいた。気が付けと言うのも無理な話。実際に吉法師も接近されて、漏れた殺気でようやく分かったのだから。
そして考えた結果、恒興には剣の鍛錬を増やす事を提案し、時間があれば一緒に稽古をしようと言ったのだ。
前世でも剣は心を映すと良く言われる。
恒興の剣も性格を良く現されていた。
「恒興。真っ直ぐな良い太刀筋だ。これからも励めば良い武人になれる。でも少し考えすぎな部分があるな。それが邪魔をして反応が遅れる事も多いぞ。戦いになれば一瞬の隙が命取りになる。」
「はい。」
「考えるなとは言わんが…こればかりは経験だな。」
前世では勇者でもあった吉法師は、ある程度なら相手の実力や伸び代も分かる。恒興の剣の素質は”普通より少し上”と言った所。
名を残すような一流の剣士にはなれないかもしれないが、この危険な世の中では、戦えるのにこしたことはない。
恒興本人は、私を守ろうと頑張っているしな。
「恒興。これだけは言っておくぞ!!決して自分の命を軽くみるな!!私を守りたいのなら”自分”も生き残ってみせろ!!分かったな?」
若様は、稽古の最後に同じ事言葉を残す。
将来は織田家を継ぐかもしれないお方。
そして周りからも期待されている。
剣の腕に学問。
たまに…どこから知り得たのか分からないような話をする事もある。
若様は、どのような道を歩まれるのか。凡人には分からないけれど…許させるなら共に歩んで行きたい。
「そうだ。今日は町に行くんだった。恒興…護衛を頼めるか?」
「はい。」
知らない人が見たら、まるで兄弟とも見える2人。那古野城を出て町へと向かうのであった。
(才能溢れ多才なこの子は、どんな風に成長するのかな。導いてあげたいものだ。)
この頃から吉法師は恒興の将来に期待していた。