第71話
火縄銃を手に持ち、弓の練習場へと移動した信長。隣には帰蝶、そして政秀も連れていた。
「だいたいの使い方も分かるし、大丈夫だろ。」
火縄銃は銃口から弾丸と火薬を詰める前装式で、火縄に点火する形式だ。だから火縄銃と言う名称が付いているが、実は他の呼び名もある。
別名『種子島』
種子島に伝来した事から、そのままの地名で呼ばれる事も多い。
「よし。あとは引き金をひくだけ。発射する時に大きな音がするから帰蝶は耳を塞いでおいてくれ。」
50メートル離れた位置に木の板がある。そこに狙いを定めた信長は引き金をひいた。
パァーン!!!!!
前もって言われていなければ確かに驚く音。まるで空気を揺らしたかのように肌にも響いた。
「……ハズレたか。意外に伸びがあるな…もう少し下か。」
板は変わりなく立ったままだ。信長の言う通り外れたのだろう。しかし驚くべき事がひとつ。発射された弾を目視出来なかった点だ。次は見逃さないようにと集中する政秀。
「いくぞ!!」
パァーン!!!!!
音が鳴り、すぐに木の板が割れた。
信長は見事に2発目で50メートル先の板に命中させる。
「やはり…見えませんでしたね。驚くべき点は…その速さでしょうか?狙われたら避けられませんね。」
見逃さないようにと身構えてこれだ。人の反応出来る速さをゆうに超えている。
「そうだな。そして威力も相当なモノだ。鎧もほとんど意味をなさないだろうよ。」
それに弓より遥かに射程も長い。
狙いをつけるのは難しくなるが100メートル先も届くと言うのだから驚きだ。
「しかし…信長様が準備していたのを見ると撃てる数は1発ずつ。そして準備に時間がかかるのが難点でしょうか。」
帰蝶の言う通り。
発射までの行程は、、、
①まず火縄に着火。
②銃口から装薬(胴薬)と弾を入れ、カルカを使って銃身の奥へ押し込む。カルカとは銃身に備え付けてある棒。
③火皿に点火薬(口薬)を入れ、湿らないように火ぶたを閉じる。
④着火していた火縄を火ばさみに挟んで固定。
⑤火ぶたを外し、照準を合わせる。
⑥引き金を引く。
次の弾を撃つのには②から繰り返す。
火縄銃は1発弾を撃ったら、そのつど弾と火薬を装填しなければならない。
信長が、かかった時間は“1分“。
慣れたとしても“30秒“はかかるだろうか。
これは戦いにおいては致命的とも言える。
「ふむ。確かに凄い武器なのは認めましょう。信長様が気になるのは分かります。ですが…そこまで脅威になるとは思えませんね。」
「まあ…今はまだ、政秀が感じた通りに、思う者が大半だろうな。だけど…この火縄銃が日ノ本に広まり、何百何千と軍に配備出来ればどうなると思う?」
それは…あり得ない。そう言いかけた所で政秀は違う言葉を発した。
「信長様は将来的に、そんな未来が来ると思ってるのですね。」
横並びになって大量の火縄銃を構える姿を想像すると、流石の政秀でも恐怖する。
「まだ何年も先の話だよ。撃ってみて分かったが、今はまだ改善点も多い。敵が数挺程度を所持しているぐらいなら問題ないだろう。それだけ分かっただけでも価値はある。」
「教えれば誰でも使える点も恐ろしいですね。それよりも…この火縄銃。一体いくらしたのですか?」
政秀の言葉に顔を背けた信長。
「いいではないか…そんな事は。」
「良くありませんよ。で?いくらしたのです?」
信長は人差し指をたてる。
「1?流石に1両は安いでしょう。嘘はいけませんよ。調べればすぐに分かる事です。」
「100……だな。」
「はあ…。道三様も噛んでいるのでしょうが、一言ぐらい私に教えてくれてもいいのでは?」
「いや〜。ほら…政秀は金の事になると厳しくなるだろ?絶対反対すると思ってな…。」
「隠していい額ではありません。信長様に罰が必要ですね。そうですね……これから1ヶ月間、おかずを1品少なくしましょうか。」
「政秀。それだけはやめてくれぇ。帰蝶からも何か言ってくれるか?」
「ふふふふっ。頑張りましょう…信長様。」
「そんなあー。」
遠くない未来、火縄銃を多く所持している国が有利になると考えている信長。
しかし尾張内で量産化は厳しい、既に何年も先の技術にいっているであろう場所にたどり着くには、時間もお金もかかる。それならば取れる策は限られてくる。
生産地をおさえるか、貿易港をおさえるか。
(その為には、まず尾張統一。そして…今川家との大戦。これを乗り切るしか道はない。)
同時に信長は安堵する。
まだ火縄銃が広まっていない現状に。
今川家の財力には、どう転んでも勝てないから。金に物を言わせて火縄銃を独占されれば、それだけで詰むはずだ。
猶予は決して多くはない。
だからこそ、もう一度心に決める。
(尾張を強国に。)
険しい道が続く。
しかし…1人じゃない。
(皆んなと一緒なら…たどり着ける。)
「あっ!?信長様。逃げないで下さい。話はまだ終わっていませんよ。」
「料理人に言っておかねばならん。政秀の命令を聞くなとな。」
「ふふふふ。減らされても私のを分けてあげますよ。」
カナカナカナカナ……。
ひぐらしが鳴き、気付けば気怠い暑さが過ぎ去ろうとしていた。




