第61話
信秀の援軍が到着。
その知らせを受けた信長は忠高の左腕を止血させる。
「どうして!?」
「言っただろ?やってもらいたい事がある。父が援軍に来ていない状況では、お前を討ち取る必要があった。それが私達の勝ちに繋がるからだ。しかし父が来た事で状況が一変した。ここまで数を減らせれば、お前が残っていようが死んでいようが些細な事にすぎん。」
「ぐっ…。」
「いいか?今すぐに父の援軍が来たのと、これを松平広忠殿に渡して欲しい。」
そう言うと信長は1枚の書状を渡す。
「これは?」
「竹千代からだ。それに援軍が到着したと知れば撤退が現実的になる。私も思う所はあるが…そもそも戦が嫌いなんだよ。今回の戦の理由がどうあれ撤退してくれた方が被害が少なくすむ。これからの事を考えると被害はなるべく抑えたい。分かったか?」
忠高は頷くと一言だけ言い残す。
「次は負けん。」
「ああ。いつでもかかってこい。あと子供は大切にしろ。槍ばかり振ってると嫌われるぞ。」
「クククッ。まだ子供と言われてもいい年齢だろうに、本当になんなんだ?」
「いいから…早く行け!!」
こうして忠高と分かれる。
同時に松平軍の後方の戦いが終わりを迎える。
「信長様。良かったんですか?片腕になろうと強敵ですよ。いずれまた立ち塞がるかもしれません。」
「その時は、また私が相手をする。それにアイツは悪いヤツじゃない。味方も敵も生まれた場所が違うだけで同じ人間だ。余計な被害は無い方がいいに決まってる。さあ…父の元に行こうか。私の考えが正しければ時期にこの戦は終わりを告げるだろう。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
〜松平軍・本陣〜
「失礼します。本多忠高様が報告があると。」
「通せ!!」
先程、斥候部隊から信秀の援軍らしき者達が到着したのではないかと報告があった。真意を確かめる為に動くように命じた所。本陣の中には重要な者達が揃っていた。
「忠高!!その腕は!?一体何があった!?」
広忠は左腕が無くなっている状態を目にして驚きの表情を浮かべる。
「今はそれよりも…これを。それと…信秀の援軍が来ました。」
「そうか。援軍は本当なんだな。それに…この書状は誰からなのだ?お前の腕より重要とは思えんが…。」
「竹千代様からの書状との事。織田信長から渡されたモノです。どうかお読みになって下さい。それが私の役目ですから。」
広忠はそれ以上は聞かなかった。急いで書状を開くと確かに竹千代が書いた文字が並んでいる。
▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽
松平広忠様
父上。元気ですか?私の方は元気でやっています。最初はどうなるのか不安でした。しかし信秀様や信長様が優しくしてくれて、尾張で不自由なく過ごさせてもらってます。
それに尾張に来て数々の経験をしました。一番の出来事は信長様に剣術を教えてもらっている事でしょうか。信長様の剣の腕は右に出る者がいない程の実力です。そんなお方に直々に教えて貰えるのですから、今の私の剣を見たら父上は驚く事でしょう。
まだ未熟者ですが、父上のように強く、逞しく、そんな人に私はなりたい。大好きな故郷を、三河の地を守れるような人に私はなります。だから心配しないで下さい。必ず戻りますから。
それに松平家と織田家で戦が起こると聞きました。この書状は信長様の独断でしょう。だから信秀様も知らないと思います。
そして今の三河の現状、今川家が裏で動いているのも教えてもらいました。
私の本音は織田家と戦って欲しくはない。甘い考えなのは分かっています。父上も辛い決断だったのでしょう。それでも私の為に三河の皆んなが傷つくのは見たくありません。
私の望みは父上達が無事ならそれでいいのです。私は将来の為に尾張で学びます。ここでしか学べない事があります。
だから…どうかご無事で、私が戻るまで元気でいてくれるだけでいいですから。無茶はしないで下さい。
最後に…
絶対に信長様とは戦ってはいけない。
なぜかそう感じます。
あの人は…人を惹きつける何かを持っている。それが分かれば、この理由も分かるかもしれません。
そして将来…出来る事なら、信長様と肩を並べて尾張と三河で真の同盟が結ばれる事を夢に。
次に会える日を心待ちにしております。
どうか体には気をつけて下さい。
竹千代
▲△▲△▲△▲△▲△▲△▲△▲△▲△▲△▲△
広忠は書状を読むと、ゆっくりと口を開いた。
「……“撤退“する。」
勿論、反対の意見を唱える者もいる。
「しかし…。もう少しで安城城を取り返せる所まで来ております。信秀の援軍が本格的に揃うまではまだ時間があるでしょう。その内に取り返せれば…。」
「そうです。取り戻す為に、多くの兵達が散っていったのですぞ?これでは無駄死にもいいところ。」
「黙れ!!背後の兵も残っておらん。敵に挟まれる形になった時点で負けなのだ。信広も城から出て攻めてくる。城を取り返せないのであれば、ここからは本当の無駄死にじゃぞ。死にたいヤツは残るといい。」
忠高に任せた後方の兵が健在であるならば、策も変わっていたかもしれない。
「敗北の原因は、信秀の援軍が来る日の読み違い。それに織田信長の想像以上の強さ。これに尽きる。」
動きからして信長は、援軍に来るのが今日だと分かっていたようだ。
「命があれば、いずれ戦う機会が訪れる。撤退じゃ。今なら信秀達は追っては来ないじゃろ。」
そして撤退の合図が出されたのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
急ぎ信秀の元に向かった信長。
「父上。ご無事で何より。」
「ああ。それよりも…どうやら無茶をしたようだな。松平軍が撤退していくぞ。」
いくら信秀が援軍に来ようと、相手の決断が早すぎる。おそらく信長が相手に痛手を与えたのだろうと信秀は結論付けた。
「なんとか勝ちましたね。」
「そうだな。まずは互いに何が起きていたのか説明するとしようか。」
信秀が反乱軍と対峙したのが3日前。相手の奇襲が失敗に終わり、そのまま白兵戦へと移行する。
初めのうちは予想以上に士気が高い相手側と拮抗していたようだ。それが崩れ始めたのが2日目。
徐々に押し始める信秀軍。このままでも3日目には勝てると思っていた矢先に高木清秀の援軍が到着した。それが決め手となって反乱を指揮していた織田信清並びに織田寛定を捕らえる事に成功。ほぼ降伏に近い形だったようだ。
これで2日目には反乱軍を抑え込めた。
そこからは時間との勝負。
安城城の地に、まずは1000人程を選抜して向かう。その道中、新城の末森城と刈屋城を経由しながら馬を替えて進む。刈屋城からの援軍が少ないのは、この理由があった。
それに相手側に末森城が完成したのを知られていないから出来た荒技だ。おそらく…休憩も最低限に、貴重な軍馬を何頭も潰したに違いない。
「1日でも父上の到着が遅れていたら、どうなっていたか分かりません。松平軍は相当な数の兵を使って城攻めしていましたから。」
「どうやらそのようだ…思っていたよりもギリギリの勝負だったようだ。そう考えると、今回1番の手柄をあげたのは安城城を守り抜いた信広達じゃな。」
「はい。1番厳しい戦場でしたからね。ところで…捕らえた2人は?」
「殺さずに生かしておくつもりだ。まだ使い道はあるし、今回の結果で反乱を起こす気にもなるまい。まあ…厳しい罰は与えるつもりだが。」
「分かりました。では…勝ち鬨を上げましょう。皆んな待っております。」
「そうじゃな。」
信秀が簡易的な陣幕を出ると、外には多くの兵が集まっている。
「皆のもの良くやった!!この戦!!私達…織田家の勝利じゃ!!」
「「「おおぉぉ!!!」」」
「もっとじゃ!!」
「「「おおぉぉーー!!!!」」」
大きく…長く…鳴り響く
それは勝利した自分達に…
そして散っていった仲間達に向けて
“俺達が勝ったぞ“
そう思いを込めて叫んだ。
これが安城城と尾張の内乱の結末である。
織田家は安城城を守り抜いた事により、今川との大戦に向けて東側の整備に取り掛かれる。
しかし…この戦で最も得したのは誰だと言われれば、美濃の“斎藤道三“だと…理由を知る者はそう答える。信長が少しだけ腹が立ったのはここだけの話。




