第56話
敵は3人。
段蔵の話によると武田家の忍者。
「見つけたぞ!!“飛び加藤“。横にいるのは仲間か?まあ…いい。見られたからには、どの道殺すだけだ。飛び加藤は私が相手をする。残りの2人は、もうひとりを相手をしろ。」
「「はい。」」
どうやらリーダーと思われる者が加藤段蔵の相手をするようだ。
「なあ?お前の事を“飛び加藤“って呼んでいるが、どういう意味だ?」
「自分で言うのもなんですが…なんでも跳躍力が凄くて、空を飛んでいるように見えるって話から勝手に呼ばれるんですよ。これだけは言っておきますが、呼んでくれなんて頼んだ訳ではありませんからね。」
「それにしては嫌そうには見えんがな。むしろ呼ばれて嬉しいのではないか?」
「それを聞くのは野暮ってもんでしょ。」
男は格好良い呼び名には憧れるものだ。信長も勇者時代にはドラゴンスレイヤーとか黄金の勇者など数々の呼び名を付けられていて満更では無かった事を思い出す。
「すまん。それじゃ見せてくれ。飛び加藤の実力を。」
「なんだか馬鹿にしてませんか?」
「いやいや…してない。それよりも…来るぞ!!気を引き締めろよ。ここでやられるような実力なら元からいらんからな。」
「はいはい。分かりましたよ。そっちこそ気をつけて下さいよ。」
そう言って真夜中の戦いが始まった。
信長の元には2人の忍。
まだ幼さが残る信長を見ても油断している雰囲気は無い。なにやら手で合図を出し合うと信長の前と後ろに位置を取る。
(1番の手練れは段蔵と相手をするやつだろう。戦いを見る為に早く終わらせるか。)
2対1では挟み撃ちが基本。前方と後方にいるだけでどちらかは死角になる。普通であれば足が止まる所だが信長は前方にいる敵に真っ直ぐ駆け出す。
それを見た前方の忍は防御姿勢に、後方の忍は背後から信長を襲う為に同じく駆け出す。
(冷静な判断だ。だけどな…お前達は2対1だと思い込んだ時点で負けが確定した。やれ!!)
防御姿勢をとる忍の背後から、予想外の者が現れて足に噛み付いた。
「ガルルルッ。」
「いつっ…なっに!?」
それは信長がスキル・調教師で契約していた犬であった。
例え致命傷にはならない攻撃でも効果は十分。信長から目を逸らした。そんな隙を与えていい相手ではない。
「すまんな…文句は言うなよ。」
「グハッ…!!」
信長は一太刀で無力化すると、すぐに後ろを振り向く。
「この…卑怯者が!!」
「何言ってんだ?子供相手に2人で相手にしといて。」
残った1人も、わずか10秒程で片付けた。2人で協力し戦い方によっては長くなる事も考えられたので、最善の一手で終わらせる事に成功する。
「よしよし。良くやってくれたな。」
「ハァハァ。ワンッワンッ。」
「度胸もあって、なにより賢い。とても優秀な犬だな。偶然の出会いとは言え、これからも私の元で働く気はあるか?その気があるなら一緒にいこう。」
「ワンッワンッ。」
「そうかそうか。着いて来てくれるか。それなら名前を決めなくちゃな。」
色は黒。そして何よりも度胸がある。だから信長はこう名付けた。
「お前の名は“ナイト“。前世では騎士の意味だ。これからよろしくな。」
「ワンッワンッ!!」
こうして新たに契約獣が増えた。
そして信長は段蔵の方を見る。
「こっちは終わったぞ。実力をゆっくりと見せてもらおうか。」
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段蔵の相手をする武田家の忍びは、上忍と呼ばれる階級に位置する。忍者の中には下忍、中忍、上忍と大きく3つの階級に分けられ、中忍ともなれば部隊長を任せられる実力、上忍ともなると全体を指揮する実力があるとされ、武田家の忍びが弱いはずがない。
実際、信長の部隊“烏“の中で相手になる者は隊長、副隊長格ぐらいだろう。
それを相手にする加藤段蔵だが、怯えも恐怖も感じられない。むしろどこか喜んでいるようにも見えた。
「どうやらあっちは終わったみたいだ。どれどれ…実力を見せる前に倒れないでくれよ。これは大事な試験なんだからな。」
そう言った段蔵は、一足で木の枝に跳躍する。
まるで重力を無視したような動き。
今いる場所は、木々が生い茂る。
段蔵は次々に木を移動して、相手を翻弄する動きを見せた。
(“飛び加藤“とは上手く言ったもんだな。まるで背中に羽が生えたみたいだ。)
信長は驚きの表情を浮かべた。
段蔵はその動きで隙をつき、一太刀入れると離れる。
相手は夜という時間帯もあり中々、段蔵を捉えられない。それでも流石は武田の忍び、致命傷だけは貰っていない。
(前世で言うヒットアンドアウェイ。相手からするとたまったもんじゃないな。段蔵の実力も十分に分かったし、終わりにしてもいいけど。ん?段蔵の動きが変わった?)
相手も何度も同じ戦法を食らう程、馬鹿ではない。経験や勘で段蔵の動きに合わせて攻撃を加え始めたその時だった。段蔵は突然に動きに緩急をつけ始めた。
(段蔵がブレて見える。)
信長は烏の者に聞いた事がある。本物の忍びは幻術を魅せると。まるで段蔵が増えたのではないかと感じる。
「分身の術!!」
ヒュン…ヒュン…ヒュン。
相手の攻撃全てが空を切る。
「どこを切ってるんですかい?こっちですよ。」
「くっ!?舐めるな!!」
ヒュン……
「そっちもハズレ。こっちですぜ。」
そう言うとズバッと背後から切りつけた。
「グハッ!!」
反応して少しだけ身体をそらしたのは、意地だろうか。それでも傷は決して浅くはない。これで勝負は決まったも同然。
「まあ…こんなもんですかね。まだ見せたい技はあるんですが、これでどうですかね?試験の方は。」
「文句なし!!合格だ。最後のあれは特殊な歩行術か何かか?」
「まあ…そんな所ですね。それよりも…。」
「ワンッワンッ!!」
「信長殿の犬でしたか…。なにやら随分と賢い犬なようで…。」
「ああ。ナイトと言ってな。段蔵を見つけた立派な仲間だ。」
「ハハハッ。確かに。優秀な忍びを見つけるなんて誇っていいぞ。」
「ワンッワンッ!!」
ひょんな事から出会った忍者。
この日、新たに自称・元忍者の加藤段蔵と犬のナイトが配下に加わる事になる。




