第53話
信長の掛け声により、隙間無く1列に並んだ前線の兵達は一斉に“長槍“を構えた。その数200。
「来るぞ!!練習通りすれば大丈夫だ!!だから全力でやれ!!」
「「オオォォ!!」」
「おっしゃー!!」
「来てみやがれ!!」
相手の兵も槍を持ち突撃して来る。こう見ると勢いがついている相手の方が有利に見える。そして互いにぶつかり合うと思った瞬間にそれは起きた。
「「「今だ!ぶっ叩け!!」」」
ガンッ!!ゴンッ!!
グチャ!!バンッ!!
「グハッ!」「ブヘッ!」
「グギャ!」「ヘブッ!」
信長の兵達は相手に向けていた槍先を突然に上空に上げると、そのまま全力で振り下ろした。正面からの突き合いになると思っていた相手方は突然の行動に反応が遅れる。それに正面からは分かりづらかったが槍の長さも桁違い。
たった一度の接触で、敵の槍はひとつも届かず、最前線の敵兵達は崩れるように地に沈んだのだった。
「よし。上手くいったな。…皆んな油断するなよ!!そのまま突きに移行しろ。」
「「オオォォ!!」」
この頃の槍の長さは2から長くて3メートル程。実際に松平軍の兵達も同じぐらいの槍を使っている。しかし信長が作らせた槍の長さは“約6.4メートル“。通常の2倍以上の長さがあった。
後に“三間半槍“と呼ばれる長大な槍は織田信長を象徴する武具のひとつになっていく。
少しでも間合いの長い方が集団戦の正面からの突き合いでは有利な事は明らか。しかし余り長すぎると、折れたり重くなり集団の乱戦では、突いたり振り回すのは向かない。だから信長がギリギリのところで見極めたのが三間半(約6.4メートル)という長さに至る。
「長槍は個人戦ではむしろ扱いづらい。しかし…ここは集団戦だ。」
個人技ができるようなクラスの使い手だと三間半槍よりも、短い槍の方が軽く早く操作性が増す。一対一になったとしたら勝てない…それは信長も分かっている。だが槍を扱う者の大半は農民兵。時期によっては訓練する時間も簡単には取れない者がほとんど。
「この長槍なら、やる事は単純。叩く、突く、振り回す。」
少しの時間があれば扱う事は容易。“誰でも“戦力に数えられる。実際に初撃でやった、長い槍をしならせて敵の頭部などを叩く攻撃の破壊力は凄まじく、ほとんどの兵が一撃で沈んでいった。
これが信長が考えた、合戦形態に適合した長槍と槍部隊の活用方。槍先を前面に向け、隙間を作らないように槍部隊を並べることで、敵の騎馬隊、歩兵の侵入を防ぐ。そして相手の攻撃を受けない間合いから一方的に相手を屠る。
信長は、この陣形を“槍衾“と呼んだ。これも後に戦国時代の標準的な戦略となっていく。
「わずか一度の攻撃で相手は崩れましたね。」
「ああ。そしてその動揺は背後の兵にも伝わっていく。」
隣で見ていた恒興も成果を見て驚いている様子だった。
そこから信長の兵達は一方的に攻めていく。
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一方、本多忠高の陣。
「忠高様。報告します。どうやら敵は経験した事がない長槍を用いていまして、こちらの被害は甚大との事。」
「そうか……面白い事をやってくれるな。どうやら無策で飛び込んできた訳ではないようだ。そうなると…刈屋城方面の動きも怪しいな。」
本多忠高は少しの間考える。すると口を開く。
「どうやら向こう側には相当に頭が切れる者がいるようだ。最初から1500の全軍で叩いておけば正解だったようだな。おそらく刈屋城の土埃は私達を足止めさせる為の策なのだろう。」
「なっ!?それでは残りの1000で一気に進軍しますか?そうすれば数は倍。白兵戦になればこちらが有利です。」
「……。いや…相当数の兵を失い、刈屋城方面の兵数が分からない以上、それは出来ん。既に信長軍との距離とも離れてしまったしな。」
今から信長達を追えば本陣と距離を離れてしまい、もしその隙を刈屋城の援軍が攻撃すれば甚大な被害が及ぶ。それは忠高にとっては最悪な事態。つまりは松平軍の負けを意味する。
追いたいのに追えない。
どうしても頭の中に“負け“という言葉が浮かんでくる。
「まずは刈屋城側に斥候を送れ!!至急援軍の兵数を調べろ!!数が分からなければ迂闊には動けんからな。」
「はっ。分かりました。」
こうして忠高は斥候を送り込む。
「最初の弓といい。長槍といい。そして私達を足止めさせる策か…。もし仮に…全てを信長がやったというならば、とんでもない若者だな。だからこそここで叩ければ大きい。」
忠高は今までに感じた事がない恐怖心を抱いた。同時に信長を強敵として認めた瞬間でもあった。
更に数が減る事を恐れた忠高は、最初に送り出した500の兵に援軍を送り出す事も出来ずに時間が過ぎていく。
そして…結果は。
忠高軍、被害500名。
残り1000。
信長軍、被害50名。
残り450。
こうして1日目の戦いが終わったのである。




