第42話
殺気を向けられた信長だが、つい笑みが溢れてしまう。久しぶりの強者、久しぶりの殺気、久しぶりの高揚感。
前世の頃から戦う事が好きなのだろう。聞こえは悪いかもしれないが、男として、勇者として、武士として生まれ育った信長は力と力を見せつけて合うのは何よりの褒美。
決して殺し合いが好きなのではない。
強さそのもの、剣術そのもの、その者の人生が集約された力や技術を知れるのだから、年相応な笑顔を見せた。
(しかし…斎藤家の強さの一端を知ったな。稽古も殺気を向けて行うのか。本番の戦いを想定してこその稽古。尾張に戻ったら厳しくしなくてはならないな。)
信長の勘違いで犠牲者が増えたのは言うまでもなく。
「むっ!!」
そんな事を思っていると、良通の方が先に動き出した。踏み込みが速く、足腰が鍛えられているのが良く分かる。
一瞬で信長に肉薄した。
初手は上段からの振り下ろし。
基本の動作だからこそ、はっきり分かれる実力差。それは見事な速さと威力があり、信長を襲う。
ブォン!!
それを身体を少しずらしただけで左に避けてみせた。しかし木刀が予想していない動きをみせる。
クイッ!!
シュッ!!
振り下ろしを避けたと思った木刀が90°方向を変えて信長を襲ったのだ。
「なっ!?」
カンッとギリギリの所で木刀を塞いだ信長だが、たまたま右手に木刀を持っていたから間に合ったようなもの。最初避けたのが左に移動したが、右に動いていたら防御するのは間に合わなかっただろう。
「ほお〜。あそこから受けますか。随分と目がよろしいようで。しかし信長殿の木刀にヒビが入ってしまいましたな。替えを…。」
「よろしいので?」
「たまたま信長殿の木刀が脆かっただけの事です。流石に木刀の中までは分かりませんからな。」
油断はしていなかった。
わずか一手で良通の剣術の高さを理解する。それは向こうも同じではあるが。
「すみません。替えを。」
(やはり剣術だけを見ると前世よりも数段こちらの世界の方が技術は上だな。)
前世では魔法やスキルを使って一撃の威力を高めるのに重きを置いていた。もちろん技術も大切だが防御系の魔法やスキルを使うのは当たり前の世界。技術だけでは越えられない壁があった。
新しく木刀を受け取った信長は感触を確かめる。
(しかし…急に方向が変わったな。あれはどうやるのだ?こうか?)
ブンッ!!……グイッ!!シュッ!!
(違うな…。)
ブンッ!!
(これも違う。振り下ろしも完璧な出来だった。避けたと分かってから方向を変えた…。)
グイッ!!
(力が入り過ぎているな。これでは次の動作に滑らかに移行出来ん。そうか…脱力か。それもごく一瞬の間の。)
ブォン!!クイッ!!シュッバ!!
「なっ!?」
一度見せた技を数回の素振りで、完璧に近い形でみせた信長を見て、驚きの表情を浮かべる良通。
「信長殿…ひとつお聞きしますが…。稲葉流をどこかで?」
「稲葉流?いや…初めて目にしますよ。」
わずか数回。それも一度見ただけで。
下地が出来ていても無理な話。
ここまで来るのに30年。
それを…あの子は。
良通は道三を見て表情で訴える。
“このまま続けていいのかと“
“化け物に私の30年を見せていいのかと“
(ふん。止めてもやるだろ?顔に出ておるわ。やらせてくれとな。)
“好きにしろ“そう目で言われて、年甲斐もなく良通は心が躍った。
「さぁ続きをやろうか。」
「ええ。」
一手の攻防だけで周りを釘付けした。
早く次を
早く見せてくれ
そう言わんばかりの注目を集めていた。




