第40話
道三との話し合いが終わり、娘の帰蝶と初めて顔を合わせる事になった。
もちろん事前に帰蝶の事は調べてある。
道三がとても大切にしている娘。婚姻には出す気がないのではないか。絵に描いたような美しい女性。調べる程に帰蝶が大切にされている事が良く分かる。
「信長様。初めまして…斎藤道三が娘…帰蝶と申します。」
艶のある輝く黒髪。
クリッとした大きな目。
まだ幼さが残るものの、本当に絵に描いたように美しい女性。
品のある動作。
ただの挨拶。
されど挨拶。
たったひとつの礼。
それだけでなのに見入ってしまった。
「ふふふっ。何を驚いているのですか?」
「あ…申し訳ない。私が織田信秀が長子…織田信長です。恥ずかしくも…あまりにも可憐なお姿、動作に目を奪われておりました。道三様が大切にされているのが良く分かります。」
「そうじゃろ。そうじゃろ。よし…!!。これで顔は合わせられたの。ワシは用があるから後は2人で話すんじゃな。帰蝶よ。こやつを気に入らなかったら婚姻の話は無しにしてもいいかの。」
道三はそう言い残して消えていった。顔は笑っていたから楽しんでいるのが分かった。
(最初に何を話せば?好きなモノ?好きな食べ物?ん〜困った。こういう時の事を政秀に聞いておけば良かった。これは道三と話すよりも難しいのでは?)
沈黙がこうも辛いとは思わなかった。
信長が意を決して口を開こうとした時、帰蝶の方から声を上げる。
「初めて信長様の事を聞いた時、婚約者になるかもしれない相手ですから色々と調べました。その内容が荒唐無稽なモノばかりで。」
「ちなみに…その内容は一体?」
「ふふふっ。そうですね…大人顔負けの武芸で剣を持った初日に稽古をつけていた者に勝ったとか。兵を振り切り城から飛び出しては、民の田畑を手伝ったり、子供達と遊んだり、釣りをしたり。あとは山に出た熊を拳だけで退治したとか。奇想天外な武器を作ったとか…あとは…」
「ちょっ…もう言わなくても大丈夫です。」
(はぁ〜。一体どこからそんな情報が…。)
「全て本当の事なんですよね?だからこそ、あの父が気に入っているんだと分かります。」
流石は斎藤道三の情報収集力。でも、ひとつ疑問が浮かんだ。
「それで…帰蝶様は、その様な話を耳にして婚姻が嫌だとは思わなかったのですか?どうやら知られたくない事まで知っているようですし…。」
「思いませんでしたね。むしろ信長様に興味を持ちました。あっ…婚姻は父が決める事ですから、決めた事には従うつもりでいましたよ。」
信長は政略結婚については、良しとは思っていない。けれどここは戦国の世…少しなら理解は出来る。様子から見て…どうやら帰蝶も覚悟はしていたらしい。
「強いのですね。」
「強い?私がですか?」
「ええ。その歳で、自分で物事を考えて、覚悟を決める。中々出来る事ではありません。帰蝶様を見て感じました。私は自分勝手だったと。自分の目的の為に帰蝶様の思いを考えていませんでした。」
「私の思い…ですか。」
「はい。帰蝶様も知っての通り、今回の婚姻の件は織田家と斎藤家にとって、両方に利があります。織田家は今川家に集中出来ますし、斎藤家は美濃の地を平定するのも現実的なモノになります。私は…ある目的の為には立ち止まっていられません。今回も織田家に利があるから美濃に来ました。目的の為なら、大切な人達に剣を向けるなら残虐な行為もする気でいます。だからと言って、本当に望んでいない者を勝手にその道に巻き込んでいい訳がない。今さらながら気が付きました。私に付き従う者達は理由を知って付いてきてくれる。しかし…あなたは違う。このまま婚姻を結べば、辛い苦しい思いをするかもしれません。」
今だから…まだ婚約していない今だから言わないといけない事がある。
「今はありえない事です。……けれど将来は斎藤家と剣を交える事になる可能性もゼロではありません!!」
勿論、信長だって戦いたいとは思わない。同盟が続いて良好な関係を築いていければと思ってる。そうならないように動くつもりでもいる。
でもここは戦国の世。
裏切り裏切られは当たり前。
道三の人となりはある程度は理解したつもりだ。けれど道三は50歳を過ぎている。人は老いには勝てない…いつかは滅ぶ。その時の斎藤家が友好的だとは限らないから。もし帰蝶がいても剣を向けるなら織田家の為に戦わなくてはならない。その時に1番悲しむのは帰蝶だと分かっていても。
「私は“戦の無い世の中“を作るつもりでいます。だから…もう一度良く考えてみて下さい。帰蝶様が出した答えがどんな答えだろうと私は従うつもりです。」
こうして2人の顔合わせは終わる。
果たして帰蝶の出す答えとは…。




