第1話
天文13年8月28日。(1544年)
朝。吉法師は那古野城の庭で1人、剣を振っていた。
シュッ!…シュッ!…シュッ!
(戦か……。いくら前世のスキルを使えるとはいえ。)
スーッ。
(身体強化。発動!!)
吉法師は3つあるスキルの1つ、身体強化を発動した。単純に自身の身体の能力を大幅に引き上げる。
しかし問題があった。
ブウォン!
身体強化を発動しながら素振りをするのだが、たった一振りで身体が悲鳴を上げたのだ。
「イテテて。1回でこれだ。やはり子供の身体だと、すぐに限界がくるな。」
吉法師は思う所があった。
以前の世界と比べて、こっちの世界の人間は身体能力のベースが低い。おそらく大人になっても常時、スキルは使えないだろうと。
「どの道、負担を少なくする為に鍛錬は欠かせない。」
カシャカシャッ。
甲冑特有の音が鳴る。
「精が出ますな。若。」
青山信昌が声をかけてきた。
「来たか。信昌。準備が整ったのか?」
「はい。出陣いたします。まずは父信秀様の所、古渡城にて合流します。兵達に一声かけてくれませんか?若様は慕われておりますから、きっと力になります。」
「そうか…分かった。」
すでに門の外で兵達が待っている。
吉法師は1人1人の顔を確認する。
「皆んな。これから大きな戦が起こる。斉藤家は尾張国を狙って何度も戦を起こしてきた。何人も犠牲になった…恨みを持つ者も多いだろう。父上は斎藤道三の居城、稲葉山城まで攻めるつもりだ。つまり美濃国を取るに等しい。どうか、尾張国皆の為、父上の為に力を貸して欲しい。」
10歳とはいえ、那古野城を預かる城主。
農民も多く出兵する中、吉法師は頭を下げた。
兵達が声を上げる。
「若様。頭を上げて下さい。」
「若様に何度も助けて貰いました。その恩を返す時が来たと思えば斉藤なんて楽勝ですよ。」
「そうです。尾張国を守るのは、若様を守るのと同じですから。」
「私達がいない間は頼みましたよー。」
「寂しがるので、たまに子供達と遊んで下さいね。」
(なんで私が元気付けられてるんだ。皆んな戦場に行くのは怖いはずなのに。)
「分かった。ここは任せて欲しい。皆んなの帰りを待っているから、絶対戻ってくるのだぞ。」
隣にいた信昌が、その光景を見て笑っていた。
「何を笑っている。信昌も戻ってくるのだぞ。信昌がいないと、兵達に剣術を教える者がいなくなる。それに私を口うるさく怒る者もな。」
信昌とは、何年もの付き合いだ。
父上の頃からの重臣として長年仕えてきた。
「ハハハッ。そうですな。若様は元服もまだです。教える事はまだまだありますから、必ず戻りますよ。それに信秀様との約束もありますから。」
「父上との約束?」
「それは帰ってきた時に話しましょう。では、行って参ります。」
「「「出陣!!!」」」
こうして那古野城から青山信昌が率いる約500名の兵が出陣した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
その日の夜。
吉法師は縁側で1人考え事をしていた。
(戦場に行くのを見送る立場も辛いものだな。そして戦いが終わるまで待つのも……。前世では経験しなかった事だ。どうか皆んな無事に戻ってきてくれよ。)
「ん?殺気!?誰だ!出てこい!!」
ガサッガサガサ。
考え事をして近くに来るまで気が付かなかった。
全身黒ずくめの、2人の刺客。
明らかな敵、そして狙いは吉法師。
「どこの刺客だ?誰に命令された?」
「……。」「……。」
「答えないか…そりゃそうだ。その殺気と短剣を抜いてるって事は殺すつもりなんだろ?早くかかって来いよ。こっちは素手だぞ。」
2人の刺客は言葉に出さないが同じ事を感じていた。
こいつ本当に10歳になったばかりの子供か?と。
仕事の内容は簡単なものだと聞いていた。兵が少なくなった所に内部から案内して貰い、子供を殺すだけ。
優秀な子供と聞いていたが、所詮は子供。何度も修羅場をくぐり、暗殺してきた自分達に敵うはずがないと。
しかし…目の前にいるのは何だ?
少し洩れた殺気を感知し、普通なら逃げるか、命乞いするかの2択なのだが、短剣を持つ私達に素手で挑もうとしている。
それが逆に手を出せないでいた。
「来ないなら、こちらからいくぞ。」
(身体強化!!)
刺客には挟まれている状態。
スキルを発動し、まず1人に狙いを定める。
「まずは右から。」
吉法師は地を蹴った。
身体強化により一瞬で刺客の間合いに入ると、そのまま拳を腹に突き出した。
「ぶふぉっ。」
バタンッ。
(まず1人。次。)
1人を気絶させ短剣を奪った。
「なかなか良い短剣を使ってるね。ここら辺では名の知れた暗殺者なのかな?誰が依頼主か正直に言えば命までは取らないよ。どうせ命令されたか、お金を積まれて受けただけでしょ。」
「暗殺者を舐めるなよ。ガキが。」
今度は刺客の方から動いた。
素早い身のこなし。
フェイントを織り交ぜてくる。
キン!カン!キキン!
それでも難なく全ての攻撃を防ぐ。
「早く言ったらどうだ?斉藤か?それとも今川か?」
「くっ……。」
キン!キン!
「そう。言わないのか…仕方ない。」
そう言って、心臓に短剣を突いたのだった。
「しかし…スキルの反動が。明日は筋肉痛確定だな。」
(さて、政秀を呼んでくるか、1人は気絶してるだけだし。何か情報を吐くかもしれない。)
「しかし…なんで私を狙う必要が?もっと危険な人物はいるだろうに。それに出陣直後で兵が少ないとはいえ那古野城だ。簡単に入れる訳がない。おそらく内通者がいるな。」
その後、政秀に報告。
そして、気絶している暗殺者は、政秀が指示した場所に連れて行かれた。
情報を得られればいいのだが……。
期待せず待つとするか。
何か嫌な予感がするが、杞憂である事を願おう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
天文13年9月3日。(1544年)
織田信秀を筆頭に
朝倉孝景、土岐頼純の両名も指揮官として加わる。
合計で『戦力25000人』が集まる。
そして信秀の号令により、美濃へ侵入を開始したのである。