シナリオ『おとうさんはせいじ屋さん』
ある作品を読んで、拒絶反応的に吐き出します。我慢ならん、いかんと思う。
「弱者敗者の哲人性・政治性」
ブリコラージュを私は呪術儀式という、その公的想像力、大衆の政治=祭り=死者の民主主義を忘れてはならない。
登場人物
家父長 どこかの地方の県議会議員。五九歳
秀一 家父長の長男。二十五歳。
安子 家父長の長女。二十一歳。
柳二 家父長の次男。十九歳。
谷端次郎 安子の恋人。
くたびれた男 家父長によく似た男。
あらすじ
この物語は社会にくたびれたある男の妄想にすぎない。彼の内面には自己の分身としての家父長、秀一、安子、柳二がおり、そこでは家父長が家庭を築き偉大な父として振る舞う。それがくたびれた男の願望である。そして、外界の代表として谷端次郎もいる。しかしその家庭で何かアクシデントが起こることはない。すべては彼の願望、彼の意のままに起こるからだ。そんな彼の願望家庭では、権威主義をこよなく愛し、弱者や女性を馬鹿にし、権力者におもねり仲良くする。ただそれを永遠に繰り返すだけだ。しかし、限界が来る。家父長は他の自己分身を殺す。願望は脆くも崩れる。くたびれた男には何もない。始めからこの物語には何もない。だからラストは、彼は権威主義的な政治家に憧れるしかなくなってしまったのだ。
1、【人形の間】
壁に家父長、秀一、安子、柳二によく似た四体の人形が立てかけられている。これはつまり『くたびれた男』のアルターエゴである。
2、【タイトル表示『おとうさんはせいじ屋さん』】
3、【掛け軸『美ノ日本』】
『美ノ日本』と達筆に書かれた掛け軸がある。しかし、『ノ』の字が鏡映しに反転している。それは、この世界が『くたびれた男』の理想を形にした〈鏡映し〉〈反転〉の『自慰の世界』であるからだ。
4、【せいじ屋の応接間】
家父長、秀一、安子、柳二の四人が食卓を囲んでいる。しかし、応接間で食事をするか? この世界=くたびれた男の自慰の世界であり、事は基本この応接間でしか起きない。
四人は楽しげである。
家父「うん、安子の料理はやっぱり美味いなあ。きっといいお嫁さんになるよ。このみそ汁も絶品だ」
安子「そう? うふふ。実はこのおみそ汁、牛乳をいれてコクを出しているのよ」
家父長、それを聞いて血相が変わる。
家父「何だと! 牛乳だと! 牛乳入りのみそ汁だと! 俺にそんなものを食わせおって!
家父長、牛乳入りを聞いてみそ汁を飲むのを止めて立ち上がり、机にみそ汁椀を叩きつける。机の上にまき散らされるみそ汁。
家父「そんなもの捨てておけ! くそ、せっかくの家族団らんを台無しにしおって」
家父長、捨て台詞を吐いて応接間から出ていく。
秀一「これからは牛乳なんか変なもの入れてみそ汁を作らないようにしなくちゃな。片付けよう」
柳二が安子を思ってみそ汁を飲もうする。
秀一「柳二、意地汚いまねをするな」
5、【せいじ屋の応接間】
家父長が秀一と安子に熱心に語りかけている。
家父「わかるか? 菅直人はダメなんだ。あいつは3,11の時に被災地の避難所に行って避難者に怒鳴られたんだ。あれこそ悪夢だ。総理大臣たる偉大なる父は力強く尊敬されていなければならない。ましてや避難者に怒鳴られるなどもってのほか! あれでは日本が成り立たない!」
尊敬にまなざしの秀一。苦笑いの安子。
6、【せいじ屋の応接間】
秀一が家父長を訪ねてきた客人二人をもてなしている。秀一は飛行機のまねをしている。場は盛り上がっている。
客人は用意されたごちそうをがつがつ食べている。口の中の咀嚼物が見える。
客①「そろそろ秀一くんは、おとうさんの下で秘書でも務めよう、とか考えているのかな?」
秀一は目を輝かせて「はい!」と返事する。
7、【せいじ屋の応接間】
安子がひそひそ声で電話をしている。
安子「ええ! 本当! 信じられる~! おみそ汁を机にぶちまけたのよ! 机に! まったく、昭和のじじいよね。うん、うん。いまどきありえない、ありえない。ゆり子はどう? 仕事。うん、うん、そっかー、すごいねー。えっ、わたし? わたしは~。うん、ちょっとそうゆうのにがてかな。ゆり子は勉強もできたし活動的だったでしょ。だからできるのよ。わたしはそんな大きな仕事なんてできないもの」
8、【柳二の部屋】
柳二は部屋で黙って浄瑠璃人形を作っている。人形のかしらを作っている
9、【せいじ屋の応接間】
家父長が一人卓について黙っている。
安子がお茶を持ってくる
安子「は~い、おとうさんお茶よ」
家父「おう。ありがとう安子」
家父長。安子の配膳をじっと見てなにか考えている。
家父「安子、付き合う相手はちゃんと選ぶんだよ。おとうさんはなまじ名のあるもんだからそれを利用せんとヘンな輩が安子に近づくかもしれない。十分、気を付けるんだよ」
すこし黙っている安子。
安子「はい。わかりました」
10、【せいじ屋の応接間】
安子。恋人の谷端次郎と電話をしている。
安子「ええ。おとうさんには疲れちゃうわ。自分の思い通りにいかないと機嫌悪くなったりするから」
カメラ、安子を撮りつつ応接間の窓から外の景色を撮る。庭、そして往来である。すなわち、この『せいじ屋一家』の『外の世界』の暗喩であり、『現実世界』でも『常識』でも『観客である我々』でもあるのだ。
安子「でもわたしは大丈夫よ。おとうさんもあれでいい人なの。次郎さんもいつかきっとその良さがわかるから」
ガラス戸の向こうに誰かいる。安子の話を聞いている?
安子「わたしの尊敬するおとうさんだもの。えっ、これが普通よ。わたしたち家族にとっての普通なの」
六十代の女性が往来から安子をじっと見ていた。彼女は『せいじ屋一家=くたびれた男の自慰の世界』を外から客観視する他者である。
11、【せいじ屋の応接間】
秀一と安子が話しあっている。
秀一「あいつはいつまで引きこもっているんだ。うちの面汚しだぞ」
安子「柳二は柳二でなにかやっているのよ。見守ってあげて」
秀一「じゃ聞くがあいつはいったい何になるんだ?」
安子「それは。わからないけど」
秀一「あんなでき損ないのニートを持つ兄の身にもなってくれよ! 重しにしかならないよ!」
12、【せいじ屋の応接間】
安子、音楽に合わせて踊っている。
そこへ家父長が現れる。
家父長も踊り始める。楽しく踊る二人。
家父「安子、最近よく電話をしているようだね、彼氏かい? 恋愛もいいがそろそろ家庭を持つことも考えてくれよ、相手はおとうさん、いくらでも用意できるからね」
音楽の中、踊りを止め真顔になる安子。
13、【せいじ屋の応接間】
タンスの上の戦車のプラモデルをカメラで撮ってPANでテーブルで話をする家父長と秀一を撮る。
家父「いいか、優れたリーダーというのは自分の中に揺るがぬ芯を持っていなければならない。民衆になにかを言われたって右往左往してはいけない。それならいっそ黙って職務を遂行したほうがいい。その成果で民衆を黙らせてやれ。それが男の、政治の在り方だ。そのためならどんな汚れ役だって批判されたって屈しちゃいけない。その揺るがぬ心があれば自分を尊敬し信じてくれる国民がきっといるはずだ。彼らをそんな彼らを大事にするんだ」
秀一「はい。おとうさん」
そこへバニーガールのコスチュームを着た安子が入ってくる。無表情である。
安子が酒の肴を配膳する。
家父長の目線に安子のⅤIОがある。にやける家父長。
他方。嫌な顔をする秀一。
家父「いいか、男の器量というものは人などをどれだけ使えるかどうかということだ。それは女に対しても同じだ。男でも女でも、男の力というもので屈服させなければならない。それが愛嬌か、腕力か、狂気か、何で人を使えるか、屈服させられるかということだ。
そして安子、君がもし恥ずかしいことなどあるはずもないが、もし恥ずかしがっているならだめだ。女というものはね、適応する力が大切なんだ。どれだけ優れた強い男のナニに適応するか、それが重要だ。君は適応なんだ。君自身なんてないんだ。安子がつらいと思っているならそれはまやかしだよ。外国から来たよくわからない価値観に毒されてしまっているんだ。女は何もなくていい、ただ適応さえすればいい、いつもニコニコ笑っていればいい、おとうさんは安子に素敵な女性になってほしいから、こうゆうことをしているんだよ。わかってくれるかい、安子?」
安子「はい、おとうさん」
14、【せいじ屋の応接間】
卓に大皿の豪華な料理が並べられている。家父長は重役をもてなしているよう。
家父「やはり話を聞く耳を傾けるようなリーダーは大物ではない。他人に何を言われようが自分を信じて貫き通す者こそ、本当の大人物です。結局そういった心ある人物に、人はついていくのですよ。先生方はまさにそういった大人物だ」
秀一と安子はドアの前で待機している。なにかひそひそと話している。
重役①「わたしたちはこれからも議員先生のお世話をさせてもらって、我々の本当に美しい愛の日本を実現させたいと思っています。よろしくお願いしますよ、先生」
家父「こちらこそ、ご期待に応えられるよう、誠心誠意、職務にあたらせて頂きます。変わらぬご声援を、よろしくお願いいたします」
重役②「そういえば、そろそろ息子さんの秀一くんはどうですか? 私などはどうか秀一くんとも仲良くさせていただいて、もしいつか先生の地盤看板を継いで立派な先生になられるから、良い顔をさせてもらいたいものですなぁ」
重役①「どれどれ、秀一くんのほうはどうだい?」
秀一「は、はいっ!」
カメラの前を通り尻が映る秀一。
秀一「わたしといたしましては、いつか父の地盤看板を継いで政界入りをして、立派に公僕としてとして働き、いつかは総理大臣として国の舵とりをしたいと考えております!」
重役②「おお、そりゃすごい、大先生だ。どれ、そんな秀一くんにこれからの立身に向けてこの言葉を贈ろう。政治は正しさ真人間だけではだめな時がある。この意味をよく自分で考えてごらん。いいかい、秀一くん」
重役①「きみは美しい目をしているね。きっと日本の未来を切り開いていく人だ。どうか私たちと一緒に愛の日本を取り戻そう」
男たち同士の馴れ合いを静観する安子。
15、【せいじ屋の応接間】
安子は恋人の次郎と電話をしている。
安子「だいたいあなたっていっつもそう! できもしなことを大げさに言って! 口でならなんとでも言えるわ! 男ならもっと堂々としなさい!」
安子は使用済みの生理用品を手弄りしている。経血が付いている。異様である。
16、【せいじ屋の応接間】
地元の有力企業の社長二人と家父長の三人の会談。
家父「話の途中でなんですが、せがれの秀一をどうか可愛がってください。せがれもこの春からわたしの下で政治家修業をさせたいと思っております」
秀一が話の輪に入ってくる。秀一、「よろしくお願いします」と言って頭を下げる。
社長①「きみのおとうさんは立派な政治家だ。そんなおとうさんの立ち振る舞いをしっかり学んで素晴らしい政治家になってくださいよ。秀一くん。
ところで弟の柳二くんはどうしているんですか?」
家父「えっ、いやあ、はあ」
家父長お茶をにごす。突如虫の画が入る、柳二は米食い虫ということだ。
17、【せいじ屋の応接間】
柳二が人形舞をしている。
秀一「うるせえんだよバタバタゴミクズムシ!」
18、【せいじ屋の応接間】
家父長が本の整理をしている。秀一と安子が手伝っている。
家父「これはいい本、これは悪い本。悪い本は我が家にはいらない毒だ。処分しなければな。大掃除大掃除」
机の上のいい本には『美しき神の日ノ本』という本。床の悪い本には『野生の思考』『大衆の反逆』『人間の条件』『独裁体制から民主主義へ』等の本がある。
安子はお気に入りの本をどうしようか悩んでいる。
家父「安子、その本も悪く汚い毒だ。捨ててしまいなさい」
安子、悲しげな顔で愛読書を見る。
安子、ミヒャエル・エンデの「モモ」を毒として捨てる。
19、【せいじ屋の応接間】
家父長いら立っている。
家父「うるさいんだよ! 何考えてるんだお前は。いいかげんにしてくれよ。殴るぞ。たくうるせえんだよバタバタゴミクズムシ」
20、【せいじ屋の応接間】
秀一「あいつはきっと殺してしまったほうがいい。いっそ自殺でもしてくれないか」
安子「どうして兄さん父さんを柳二にそんなに強く当たるの?」
秀一「それは当然の常識的振舞いだよ」
21、【せいじ屋の応接間】
柳二が窓辺で窓の外の『外界の人々』に見せるように人形舞をしている。
人形が窓ガラスに近づくと、窓に目鼻を近づけて人形舞を見ていた『外界の人々』
と目が合う。
22、【せいじ屋の応接間】
秀一が柳二の頭をわしづかみにして机に押し付けて威嚇している。
秀一「てめえこの引きこもりニートを分際で偉そうに息なんかしてんじゃねえぞこのゴミクズムシ、家畜か、ああ?」
家父「まあまあもうやめなさい秀一。柳二も十分反省したでしょう。柳二はもともと放火魔なんだからさぁ~。うちには放火しないでくださいよぉ~」
家父長がぐったりする柳二の顔をのぞき込みヘラヘラと笑う。
23、【せいじ屋の応接間】
安子が泣きながら次郎に電話をかけている。
安子「この前はごめんなさい。怒鳴ったりして。でももうね、わたしもわからないの。どうすればいいのか」
24、【せいじ屋の応接間】
家父長は同じ政治家グループの議員と女性候補の選出を行っている。
家父「ううむ、やはり、人ウケとして美人にこしたことはない、花がある」
議員①「それに、話し合いで無駄口を叩かない方がいい」
議員②「ニコニコ笑って愛想よくすればいい」
議員①「ううむ。こっちも捨てがたいなあ~」
議員②「よりどりみどりだ」
家父「我がグループのイメージアップのための女性候補だ」
カメラの前に安子の尻が映る。
安子「失礼します。お茶をお持ちしました。お仕事は順調ですか?」
議員①「ええ! そりゃもう!」
安子がスカートのすそをゆっくりとたくし上げて太ももが露わになる。
議員②がそれを凝視する。
議員②「そうだ、いっそ安子ちゃんが立候補したらどうだい? 安子ちゃんは美人さんだからきっとすぐに人気者になれるよ!」
安子「いえ、わたしなんか。先生の皆さまほどわたしは立派でも頭も良くもありませんもの」
議員①「いや、安子ちゃんはお化粧してニコニコ笑っていればいいの。言うことは全部こっちで決めとくからさ。ねえ、どうだい?」
家父長、安子の所作を見て誇らしげ。
25、【せいじ屋の応接間】
家父長と安子、芸能事務所社長と芸人ヒロポンとの会食。
芸社長「どうか、我が社のタレントを先生の活動に使っていただけますよう、よろしくお願いいたします」
安子「ヒロポンさんって、よくTⅤのお笑いに出てる芸人さんですよね! わたし、とっても好きなんですよ~!」
家父「そうなのかい? おとうさんはよく知らないのだが。芸人というなら、芸ができるのかい? ぜひここで見せてもらえないかい?」
芸人ヒロポンと芸社長、一瞬沈黙するが芸社長に小突かれヒロポン、立ち上がる。
ヒロ「では、お言葉に甘えて。
ポイおっぴっやポイおっぴゃや、ぴりょりょりょ~ん」
芸人、芸をする。
家父長が立ち上がる。そして、芸人に近づき。握手をする。
家父「いやあ、素晴らしい芸だ。これでたくさんの人を笑顔にできる素晴らしい仕事だ。ぜひこれからがんばって、そしてわたしたち政治家ともなかよくしてください」
ヒロ「はい! 総理!」
四人の笑い声の中、掛け軸『美ノ日本』を撮る。
26、【せいじ屋の応接間】
秀一が安子の頭をいやらしく撫でてただならぬ雰囲気。
秀一「安子、おまえはいいなあ。美人で親父の娘で嫁ぎ先だって選び放題だろう? 俺なんか必死で親父に付いていかなくちゃいけないんだ。大変だよ」
安子「わたしはわたしの人生よ」
秀一「それがいいっていうんだよ」
27、【せいじ屋の応接間】
家父長、秀一と安子に講義をしている。
家父「結局気候正義なんていうものは経済社会のシステムの勝ち馬に乗れなかった敗北者どものやっかみだ。まあせいぜい我々も気候正義ビジネスに乗っかって票集めと儲けだけはさせてもらう、ぐらいの感覚でいいだろう」
秀一「大学でもいますが、本気で気候正義とか言ってるやつは暇人ですよ。真っ当な学生にはそんな暇はないです」
家父「あの少女の気候正義活動家は周りの大人になにも言われないのだろうか? もっと社会をよく見ろと。せっかくの行動力をあんな風に使うのはもったいない」
安子「わたしは未来のこと考えるの、大事だと思いますけど」
家父「んああ? なにか言ったか?」
安子「いいえ。なにも」
28、【柳二の部屋】
柳二が人形の肩に乗ったバッタを見る。バッタは蝗害、超越的な存在の暗喩である。
29、【せいじ屋の応接間】
秀一が安子に兄妹とは思えない愛しあう距離感で絡んでいる。
秀一「いいなあ、いいなあ。安子はいいなあ、女でいいなあ、おとうさんに可愛がってもらっていいなあ」
安子、煙たげな顔。
安子「女だって大変なのよ秀一兄さん。いろいろあるんだから」
秀一「それはあれか? 股を開いて接待ってことか?」
秀一、安子の股に手をかざす。
安子、秀一を突き飛ばす。
秀一、ズボンのベルトをガチャガチャと外す。
秀一「いいじゃないか。いいじゃないか。水商売の嬢だと思えばいいじゃないか。俺を楽しませてくれよ、お楽しみをくれよ」
安子「最低!」と吐き捨てて部屋を出ていく。
秀一「安子! おまえがこの家から逃れることなんかできないんだ! おまえはずっとこの家のものなんだよ安子!」
30、【せいじ屋の応接間】
秀一は掛け軸『美ノ日本』の横で安子と柳二に家父長よろしく演説をする。
秀一「ⅬGBTなんてものは人間として真っ当な社会の、日本として真っ当な日本の姿じゃない! あんなナヨナヨした文学者の妄想に憑りつかれているだけだ! 目を醒ませ! 真の姿を思い出せ! 『英霊の聲』を書いた三島先生こそが本当の日本人の姿、魂の姿、武士の姿だ! 大日本帝国を愛する姿こそが本当の日本だ! その前にⅬGBTなどとほざくとはなにごとだ! 日本人として恥を知れ!」
安子「その本当って、どこにあるの?」
31、【くたびれた男の部屋】
ワンルームの部屋。ゴミ部屋である。そこにゴミにもたれかかって仰向けにたおれているくたびれた男
飲み捨てられた酒の空き缶。
食べ残しの弁当。
くた男「うるさいんだよ。何考えてるんだよおまえは。いいかげんにしてくれよ。殴るぞ。たくうるせえんだよ、バタバタゴミクズムシ」
くたびれた男は家父長を同じ台詞を言う。逆である。くたびれた男の願望を家父長が代わりに【せいじ屋の応接間=くたびれた男の自慰の世界】で言ってやっているのだ。
32、【せいじ屋の応接間】
家父長と安子、応接間でスポーツ観戦をしている。
家父「いやあ、やっぱりスポーツはいいね。世には3Sという言葉があって、スクリーン、スポーツ、セックスを使えば大衆は羊のように盲目になるといったもんだが、それがこんなに楽しいものなら本望というんじゃないかい? ん? どうした安子?」
安子「そんなふうに言ったら、スポーツ選手の人たちがちょうどいい操り人形みたいだわ」
家父「だから権力者は優れたアスリートを親しみを持っているんだ。それだけで箔がつくからね。スポーツだけで夢を食っているんだ、それくらいの奉仕はすべきだろう」
安子「まあ難しい話は置いておいて、試合の応援をしましょ!」
33、【せいじ屋の応接間】
窓の外、往来から応接間をのぞき込む人を映している。そこからカメラを引いていく。
電話をかけている安子。その手には包丁が握られている。
安子「次郎さんにはたくさん迷惑をかけちゃったわね、ごめんなさい。わたしも踏ん切りがついたわ。今度、どこかに遊びに行きましょう! ねえ、どこがいい?」
その包丁が何を切り付け何を断ち切ろうとするのか。家父長か、次郎か、秀一か、柳二か。
それに興味がありのぞき込む人々。
34、【柳二の部屋】
人形の仕立てをしながらぶつぶつつぶやく柳二。
柳二「ぼくは水俣病になれるか。石牟礼道子のように。ぼくは水俣病になれるか。石牟礼道子のように」
35、【せいじ屋の応接間】
秀一と柳二が話しあっている。
柳二は左手に浄瑠璃人形を持っている。
秀一「経済政策というものは、大きな歴史的な目で判断しなければならない、たとえ多少の犠牲が出たとしても、社会全体の利益と幸福を見たならば、それも致し方のないことだろう。オルタナ・ファクト、多様な人間と現実があるということだ、一面だけで判断してはならない」
柳二「だがそれでも一人の人間の命と人生は、どんなに言葉で粉飾しようと無にすることなぞ絶対にできない」
秀一「だが一人一人に優しくといって話を聞く柔和では、リーダーとして社会を力強く動かせことはできない。国家でもビジネスでも、豪胆さはリーダーに、無神経の探求、冷血なクレバーさは必要だ。それはつまりトランプ大統領だ」
すると柳二の左手の人形が話し始める。柳二の演技か? これが柳二なりの政治=石牟礼道子になることである。
人形「ぼくがつまり今ここにいるのは、ぼくのような存在がいるということを、世界に示す、死者の民主主義のためだ」
36、【せいじ屋の応接間】
頭を抱えしゃがみ込み震える安子。
その後ろで仁王立ちする家父長。
その二人をカメラあおりで撮る。
家父「まだあんな男とつるんでいたのか! おとうさんが安子にふさわしい相手を探してやる! おとうさん安子を幸せにしてやるから!」
家父長、震える安子を後ろから優しく抱きしめる。
家父「おとうさんの気持ちをわかっておくれ安子。おとうさんは安子に幸せになってほしいんだよ。どうかおとうさんの愛を受け取っておくれ」
己惚れる家父長の顔。それに対して無表情の安子。
37、【せいじ屋の応接間】
家父長の一人演説。徐々に狂ってきている。
家父「日本人の優れた美徳というものはつまりは働くということ、労働の勤勉さというものだ。日本人は他の民族よりも素直にまっすぐに美しく働く。そこに自らの生命の意味を見出す。だから日本の文化は美しいんだ。我々日本の指導者は日本民族のそういった美徳を大事に大切に育てていかねばならない。くだらぬ知性や想像といったものは日本民族には要らぬ。働くことの美徳と労働の勤勉さがあればいいのだ。
38、【せいじ屋の応接間】
カメラは応接間の窓からの外の景色と電話をする安子を撮る。安子の電話はこの『自慰の世界』における貴重な『外界』たりうる。
安子「外になんか出られないわ。外になんか出られないわ、押し流されるだけよ。今のままでいいんだわ。へたなことするよりマシよ」
安子は『外界=今の状態の以外の外』に出られない。家父長にそのように洗脳されているからだ。これは社会の縮図である。
激しくドアを開ける音。その音の方へカメラを向けると柳二が両手を挙げて叫びながら入ってくる。柳二は暴れはじめ応接間の椅子やタンスやインテリアを倒したりしてめちゃくちゃにする。
家父長が騒ぎを聞きつけやってくる。しかし、柳二の鬼気迫る顔に家父長身動きがとれなかった。
そこへ秀一も入ってくる。
秀一「なにやってんだよ柳二!」
秀一は柳二にとびかかる。
柳二は拳をかまえる。
取っ組み合う秀一と柳二、二人はカメラのフレームの外へ。
39、【せいじ屋の応接間】
家父長、一人で考え込む。
家父「やはり最近の政治家はSNSによる力の可視化というものにもっと重きを置かねばならない。SNSの承認欲求を満たすことは国民同士の相互監視、ガス抜きにも使える、政治家が利用しない手はない。こんな簡単に国民世論を作れるんだからな!」
『掛け軸美ノ日本』
40、【せいじ屋の応接間】
秀一も慌ただしく何かを考えている。
秀一「俺はやるんだ、俺はやるんだ、俺はできるんだ、俺はやるんだ」
41、【せいじ屋の応接間】
秀一が役人二人の前で演説。
秀一「我々は映画というものから受ける邪教というものに一層注意せねばならない。映画はサイレント・キラーだ。気が付いた時には国家転覆のイコンになることだってある。他国の強いリーダーは反体制派の情報発信へ攻撃を加えている。我々もぜひ!」
戸惑う役人二人。
42、【せいじ屋の応接間】
家父長が記者からインタビューを受けている。カメラマンが取材風景を撮っている。
記者「では、子供たちに一言、お願いします」
家父「はい。政治家は激務ですが、国民のみなさまのために奉仕するという何物にも代えがたいやりがいと充実感のある仕事です」
言った後の家父長の顔はなぜか虚無感が漂っている。
カメラマンをそれをしつこく撮る。
43、【せいじ屋の応接間】
窓の前でウロウロする秀一。
秀一「国民が多様な思想に毒されるのは国体としてはまずいが、しかし民主主義としての自由さは侵害してはならない。解毒と自由さをどのようにバランスをとるか、それが重要だ。そのためには3Sを使って、自発的は解毒を促すということだ」
窓の向こうの往来から子供たちが応接間をのぞき込んでいる。
子①「あ、DⅤ家族がいるー!」
子②「なにお前馬鹿だよ! 政治先生の一家で尊敬できる偉い人たちなんだよぉー!」
子①「でも偉い人って乱暴者じゃん。パワハラだよパワハラー」
秀一「こらー。坊やたち、聞こえてるぞー。帰ったら勉強して遊ぶんだぞー」
子供たち「はーい」と返事して走り去って行く。
秀一「ちっ、ガキのくせに、最近の親のしつけはどうなっているんだ。もっと強く教育してやらんと、日本国民が腐ってしまう」
44、【せいじ屋の応接間】
窓の外に観客がいるかのように人形舞をする柳二。
柳二「ぼくは新しい経済を創るんだ、ぼくは新しい経世済民を創るんだ、それは死者の民主主義、死者の参政権、弱者の参政権、かつてあった日本の民俗的世界観」
45、【せいじ屋の応接間】
家父長と安子。
安子「おとうさんは間違っているわ! おとうさんのやっていることは、家族や国民のみんなを力で屈服させようとする暴力だわ! そんなの正しくない!」
家父「おまえに何たるかがわかるのかっ! なにが暴力だ! なにが間違っているという! 当り前の理屈、本気の覚悟、至極当然の調教だ! こんな汚い口をきくということは調教が足りなかったかこの家畜! せっかく甘い汁を吸わせてやったのに! もっと痛めつけてその体に覚え込ませてやる! これが家父長の労働だ!」
家父長が安子を頭をつかみ力づくで机に押し付ける。
家父「来い! 調教してやる!」
家父長に応接間から引きずられる安子。つんざくような悲鳴をあげる
大島渚監督の「失われた皇軍」『これでいいのか日本人』のように、安子はこの作品を見る観客に問いかける。
安子「なぜわたしたちの苦しみは伝わらないの? 望み過ぎだっていうの? 生かしてもらっているだけでありがたいと思うべきなの? 自分でどうにもできない人は一生苦しみ続けろというの? 自分の守れるのは自分だけ、それが社会というの? どうすればいいの教えて貴方。どうすればいいの教えて貴方」
46、【せいじ屋の応接間】
秀一は机に握りこぶしを叩きつけて憤っている。
秀一「どうしてお前たちは親父に迷惑やわずらいをかけるんだ! お前たちは親父の言いつけに従って忠誠に生きていればいいんだ! お前たちがどんなに馬鹿をやったってそれが恥として世に出たって親父はそれを踏みつぶしていく、それが政治家だ」
47、【せいじ屋の応接間】
家父長は目上の権力者サイトウにへこへこする。
家父「サイトウ様には多大なご助力を頂きまして、もう足を向けて寝ることなど不敬の極みでございます。どうかこれからもわたくしめをあたたかく見守って下さるとわたくしもサイトウ様に精一杯恩返ししてゆきたいと思っております」
家父長は立ちっぱなし、サイトウは上座で煙草をふかす。
サイトウ「君にはこれからもがんばってもらわなければなりませんよ。貴方はわたしの期待に応えてこれまでもよくやってくれました。しかし、これからが正念場ですよ。お互いに気を引き締めてがんばりましょう」
家父「はい!」
48、【せいじ屋の応接間】
卓に付き俯きながら手弄りをする家父長。
向かい合う席には安子と柳二がいる。二人とも黙っている。
柳二は手に浄瑠璃人形を持っている。
家父「俺とお前は同じなんだよ、なあわかるか? 安子を襲え、柳二。そしてキスをしろ。今の安子なら何も言わずお前を受け入れるはずだ。それが社会というものだ。わあ、早く襲え、キスをしろ、柳二」
柳二は震えながら人形を机の下に隠す。そして突如勢いよく立ち上がる。
驚く安子。
柳二は家父長に飛びかかり。覆いかぶさる。
家父「おいやめろ! 重たいだろ! どけ!」
その様をただただ諦観する安子。
49、【せいじ屋の応接間】
掛け軸『美ノ日本』をカメラが撮り、その後机の上に並べられたロボットアニメのプラモデルとSFアニメの宇宙船も模型、それを弄る家父長。一人でなにかぶつぶつと言っている。
家父「日本はこうでなくちゅいけないんだ、日本はこうでなくちゃいけないんだ」
50、【柳二の部屋】
人形を抱きしめている柳二。
柳二「ぼくは社会からお前などいらない出ていけと言われた自死者を忘れてはならない、なぜなら社会はぼく自身でもあるからだ。いったい社会はどうすればいい。いったい社会はどうすればいい。これでいいのか日本人」
柳二、悪意を感じ怯え、人形に守ってもらおうと盾のようにして身を守る。
柳二「ああっ! 透明な猟奇が、物言わぬ猟奇がぼくたちを殺気で脅してくる! 痛いよ怖いよ助けて! 助けて!」
51、【せいじ屋の応接間】
ロボットのプラモデルがタンスの上に腰かけて一人で騒ぐ家父長を見ている
。
家父「戦争とは英雄的行為だ。それを決断できるリーダーとは「ガリア戦記」のカエサルよろしい優れた資質というものだ」
52、せいじ屋の応接間】
秀一と柳二の会話。
柳二は人形を左手に持つ。
秀一「何が透明な猟奇だ、ふざけんじゃねえよ。強者になる努力もしねえ弱者はホームレスの自立するか社会の中で生きるなら奴隷としてムチで叩かれながら黙って働けってんだ。それぐらいしか能がねえくせに。偉そうに透明な猟奇とかいっちょ前に言ってんじゃねえ」
柳二の人形が代弁する。
人形「しかしその強者と弱者、勝者と敗者の論理だけの労働が行われるなら、人の命は大量消費の数値となってしまう。その行きつく先はT4作戦だ」
秀一「それはモラルの問題だろう。社会は関係ない」
人形「いや、強者と弱者、勝者と敗者という二分が弱者や敗者の哲人性・想像力への減退であり、暴力の芽だ」
秀一「埒があかねえ。安子! お前はどうなんだ。安子!」
安子「秀一兄さんが正しいわ。柳二、あなたはまだ子供よ」
柳二は安子を見ている。
53、【せいじ屋の応接間】
家父長がロボットアニメのプラモデルとSFアニメの宇宙船の模型を愛でている。
家父「世はマッドマンセオリーだ。狂人的な好戦国に対してやはりこちらも銃を持って自衛するしかない! それを金がかかるかというやつは平和ボケしているとしか! 現実を見ろ! 適応していく者しか生き残れないのがわからんのか!」
家父長が弄っていたロボットアニメのプラモデルが喋り出す。
ロボプラ「しかし、日本の今の国力、コロナ禍で見えた兵站の弱さで、好戦国のマッドマンセオリーと銃で撃ちあうことは可能か? こちらが二十発の拳銃なら、向こうは一万発の機関銃だぞ。現実を直視したクレバーな防衛論というものがあるのかどうか不安なのだが」
家父「うるせえ! アニメの嘘っぱちのおもちゃごときが何騒ぎやがる! おとなしく俺の玩具でいりゃあいいんだ!」
家父長がロボットアニメのプラモデルを掛け軸『美ノ日本』のかかっている壁へと投げつける。
床に転がるロボットアニメのプラモデル。
掛け軸『美ノ日本』に傷ができる。
54、【くたびれた男の部屋】
くたびれた男がゴミ部屋で横たわっている。すると、急に暴れ出す。
くた男「ふざけんじゃねえよ馬鹿野郎! どいつもこいつも俺のこと馬鹿にしやがって。俺を舐めてんのか! 俺を舐めてんのか!」
くたびれた男、暴れながらカメラのフレーム外へ。
それと入れ替わるかのようにゴミ部屋に家父長が入ってくる。家父長の虚無の表情。
55、【せいじ屋の応接間】
掛け軸『美ノ日本』のおいすがる家父長。
家父「わたしのいったい何がいけなかったというんですか! わたしは精一杯やってきたというのに! なぜこんな仕打ちを受けなければならないのですか!」
崩れ落ちる家父長。
56、【せいじ屋の応接間】
いつもと変わらず演説をする家父長。しかし彼の話を誰が聞く?
家父「なぜインボイスをするのか? 金が欲しいからだ! そんなことしたら日本の経済が空洞化する? そんなこと! お前ら国民が止めなかったんだろう! 選挙で止めなかったんだろう! 民主主義だろう! だからやるんだ、もう決まったんだから!」
窓辺で佇み泣く安子。苦しむ中小事業者の苦しみをおもんばかってか。
家父長は窓辺の安子へと駆け寄る。
掛け軸『美ノ日本』を中央として上手側、ドア側の壁にはゴヤの「我が子を食らうサトゥルヌス」が飾られている。その前で安子を抱きしめる家父長。
叫ぶ安子。
なだめる家父長。
家父「いいんだよ安子。いいんだよ安子」
カメラは抱き合う二人のアップからゴヤの絵の子を食らうサトゥルヌスの顔のアップへ。
57、【せいじ屋の応接間】
家父長が仲介人二人と話しあっている。強盗に見せかけて息子たちを殺す算段を立てている。仲介人二人の背後にはサトゥルヌスの絵。
仲介①「では、彼らとの交渉口はわたしたちが責任を持って引き受けましょう。しかし、よろしいのですね。彼らと関係を持つということは、後戻りできない、死ぬまでついてまわりますよ」
家父「いつかはせねばならぬことですから」
仲介①「わかりました。我々も命をかける仕事ですから、同様に先生にも命、かけて頂きますからね」
家父「地獄までいく覚悟はできています」
仲介①「もうじき見えますよ。ここでね。そうだ、写真撮りますか、写真」
立ち上がる仲介人二人。
家父「えっ、写真」
仲介①「撮れねえんですかい? 地獄へ行く覚悟はそんなものですかい?」
家父長、しぶしぶと仲介人①の隣へ。
もう一人の仲介人②はカメラをかまえる。
ゴヤのサトゥルヌスの前で肩を組む二人。
仲介①「大丈夫っすよ。流れていく人間なんて、だれも止められないんです。人間一人なんて立ち向かえるほど強くはできてませんから。俺がいるから大丈夫ですよ。はいこれで友情の契り。もうわかってますね?」
家父「はい」
58、【柳二の部屋】
人形の頭を作っている柳二。
柳二「君はね、ぼくの永遠の友達。ぼくの永遠の愛の友達。ぼくの世界の神のレプリカ」
59、【せいじ屋の応接間】
カメラは外の往来からせいじ屋一家の家の室内、応接間へとカメラを向けている。応接間の様子はよくわからないが、窓辺で安子が電話をしているよう。相手は恋人の次郎である。
安子「ええ、わたしは大丈夫、本当に大丈夫だから。次郎さんはどう? 最近は。えっ。わたしの。家の前まで。来てる?」
安子激昂する。
安子「何してるのっ! 何考えてるのっ! いいかげんにしてっ! もう本当に! 信じられないっ!」
カメラは室内の応接間内からのカメラの切り替わる。室内の安子と外の往来の次郎とを撮ろうとするカメラワーク。
安子「あんたがいるからねえ! わたしたちの家庭がめちゃくちゃになったのよ! あんたさえいなければ! もう貴方とは別れるわ! 金輪際わたしと関わらないで! 放っておいて!」
再び外の往来から応接間を撮るカメラワーク。カメラが引いていくと、カメラフレームの端に次郎の後ろ姿が映り込む。
60、【せいじ屋の応接間】
家父長一人。
家父「真面目に働いている国民は政治活動なんかにかまけているはずがない。政治をする前にまず自分が立派に出世するから物を言う資格があるのだ。そのことがわからない政治を語る馬鹿は強く言って黙らせるしかない。半分の国民は黙々と勤勉に働いているというというのに。本当に見習ってほしい」
秀一が入ってくる。
秀一「ぼくは学生時代の友人と一緒に『共働き月五十四万のバカ家庭からの脱却! サルでもできる賢いお金の増やし方』という情報商材を売って、日本をもっと豊かにしたいと思います!」
61、【人形の間】
人形を作る柳二。
62、【せいじ屋の応接間】
家父長と秀一と安子の三人。
安子「やはり若者にはアイドル! 3Sのセックスだわ! アイドルのみなさんには悪いけど、政治屋としては彼らのセックスアピールやはり最大に使えるわ! そうとなったら彼らを丸め込む手を考えなくちゃ!」
63、【人形の間】
人形に着物を着せる柳二。
64、【せいじ屋の応接間】
秀一と安子がさながら舞台の幕を開くかのように応接間のカーテンを開く。
すると窓の向こうの庭に観客かのようにたくさんの人々がひしめいている。
窓が開き、庭の人々が応接間に流れ込んでくる。
応接間が人で溢れる。
家父長は、掛け軸『美ノ日本』の横に立つ。
家父「日本を! 取り戻~す!」
家父長、万歳三唱。
応接間の人々も何度も『日本を! 取り戻~す!』と叫ぶ。
家父「美しい日本を! 取り戻~す!」
家父長、万歳三唱が収まるのを見計って。
家父「それでは! これからの我々がさらに拡大発展してゆけるよう! 巷で人気のインフルエンサーの方に話をして頂きます!」
インフルエンサーが現れる。
インフル「どうも。案外単純なんですよ。大声で言い続けるんです。なるべくインパクトののある、ショッキングな、話題になるように。悪目立ちでもいいんです。悪名は無名に勝ります。悪名はみんないつか忘れます。出続けていればいつか親近感に変わります。むしろ、悪名だけど良いとこもあるの方が人心がつかめます。結局目立つ度胸と覚悟のある態度のデカいのが勝つんです。品行方正は損ともいえるんです」
歓喜する人々。
65、【柳二の部屋】
頭を抱え怯える柳二。
柳二「怖い、怖い」
部屋のドアが荒々しく叩かれる音。さらに怯える柳二。
柳二「やめてぇ! 入ってこないでぇ!」
ドアを押さえる柳二。
66、【せいじ屋の応接間】
家父長と秀一の話しあい。
家父「まったく、最近のジャーナリストは自虐意識が強くてかなわん。なぜ過去の偉大な祖先、日本人が暴虐を行ったなどと言うのだろうか。まったく祖先からのバトンのおかげで今の我々の平和があるというのに。尊敬と感謝、そして日本への帰属意識はないのか」
秀一「本当です! 先の大戦の日本国民と日本軍の懸命な戦いがあって、今の我々の平和な日本があるというのに。そんな命を懸けて戦った祖先を犬死だ無謀だと侮辱するとは! 彼ら英霊の墓の前でお前は犬死だ馬鹿だと失礼にもほざくつもりか! 彼らが命を懸けて戦ったから今の平和がある! 自虐史観よ滅べ!」
67、【人形の間】
五体の人形が(家父長、秀一、安子、柳二、谷端次郎の五人)が並んでいる。
柳二「市街劇だ! 市街劇だ! 市街劇だ! もう一つの政治だ!」
五体の人形に目守られながら柳二はベッドの上で踊っている。
68、【せいじ屋の応接間】
家父長、秀一、安子がいる。
安子が机の上に本を置く。
このシーンはセリフ無し、動きのみで。
安子は一冊の本を掲げる。すると本を破る始める。一ページ一ページを花吹雪のように散らす。安子は嬉しそう。
それを見て喜ぶ家父長と秀一。
楽し気な親子。
69、【人形の間】
人形が無残にもバラバラにされて床一面に散らばっている。
柳二「お葬式、しなくちゃねぇ」
70、【せいじ屋の応接間】
秀一、安子、柳二の三人が卓についている。掛け軸『美ノ日本』は布で隠されている。
男が三人、応接間に入ってくる。男三人各々が秀一、安子、柳二を襲う。押し倒されてナイフでめった刺しにされる秀一、安子、柳二。血しぶきが上がる。
71、【せいじ屋の応接間】
掛け軸『美ノ日本』を映す。談笑が聞こえる。凄惨な殺人が行われた同じ場所とは思えない応接間で家父長が男性二人、女性一人の計四人で会食。家父長が新しく買った家族である。家父長の隣に新しい長女が座り、向かい合いに新しい長男と次男が座っている。
食事が終わり長男、次男、長女が後片付けをしている。
考え込んでいる家父長。新しい家族が応接間から出ていき、家父長一人になる。
すると何かに気付き、驚愕する家父長。
それは、殺したはすの秀一、安子、柳二が亡霊となって現れたからだ。三人は家父長と向かい合う窓側(=観客、外界側)下手に秀一の亡霊、中央に柳二の亡霊、上手に安子の亡霊が佇んでいる。
家父「おっ、お前たちは死んだはずだ捨てたはずだっ! なっ、なぜここにいるっ!」
柳二の亡霊が動く。柳二の亡霊が応接間から出ていく。
家父長硬直。
安子の亡霊が動く。応接間から出ていく。
家父長硬直。
今度は秀一が応接間から出ようとすると、家父長が秀一に泣きながらおいすがる。
家父「まって! 行かないで! 俺たち仲間じゃないか!」
家父長を振り切り応接間から出ていく秀一。
膝をつきうなだれ、頭を抱える家父長。
家父「あの悪魔女が! あの悪魔女のせいで俺がめちゃくちゃだ!」
掛け軸『美ノ日本』にふらふらと近づいていく家父長。
家父「ああ秀一よ秀一。俺のことを一番わかってくれるのはお前だけだよ。ああ、秀一」
今度は掛け軸『美ノ日本』においすがる家父長。崩れ落ちる。
72、【せいじ屋の応接間】
応接間は机がわきに寄せられていてスペースが確保されている。そこに柳二の人形が横たわっている。人形が掛け軸『美ノ日本』に向けて喋り出す。
人形「しかし、家父長による権威主義的振舞いとは、生命維持のための奴隷社会に相応しく、そして生命維持そのものの理由において、強い効力を持つ。結局、マッドマンセオリーによる国家という家庭=国民国家において行われるDⅤに、最適な処方箋があるのか。結局は暴力だけが正しさとなるのか。ぼくはぼくという一つの空間の中で、その問答を繰り返している。だからぼくはぼくの中で舞い続ける。ぼくとぼくはやっぱり同じだからね」
人形、掛け軸『美ノ日本』、ゴヤのサトゥルヌスの絵を一つの画角に収める。
人形。今度はカーテンのヴェールに包まれた何者かに語り掛ける。死者か?
人形「ぼくはもう彼の声を聞こえない。死者となった彼が一体何者だったのかわからずじまいだ。正しかったのか? 間違っていたのか? 文字だけで彼に接続・変身できるか? 彼の舞踏こそが真実だったのか? たった一つの宇宙すらも理解できぬとしても、ぼくは人形だ。いくらだってできるはずさ」
73、【せいじ屋の応接間】
応接間、掛け軸『美ノ日本』の前で人形舞をする柳二の亡霊。それは激しい、空間の制空権を賭けた非暴力的戦い=アールブリュットである。互いの力は拮抗している。何によって勝敗が決まるか、そもそも勝敗があるのかすら分からない。
74、【くたびれた男の部屋】
掛け軸『美ノ日本』が応接間の反転鏡文字でない、実像としての『美ノ日本』がある。こちらが本物の、現実である。応接間のものは、自慰の妄想の偽物だったのだ。
その前でくたびれた男がよろよろと立ち上がる。
くた男「あの悪魔女が! あの悪魔女のせいで俺の人生がめちゃくちゃだ! 六万貢いだってのに! セックスぐらいさせろよ! ふざけんな!」
くたびれた男、本物掛け軸『美ノ日本』においすがる。
くた男「ああ秀一よ秀一。俺のことを一番よくわかってくれるのは君だけだよ。ああ、秀一」
そんなくたびれた男の背後に安子の亡霊、いや、アルターエゴとしての安子がいる。
安子「きったねえオナニーだな。鏡で自分でもみて悦に浸ってんのか? ちゃんと回り見てんのか? とんちんかんなこと自分しか見てないのか? 鏡の自分オナニー」
75、【せいじ屋の応接間】
せいじ屋一家の応接間だが、くたびれた男の部屋のようにぐちゃぐちゃに散らかっている。自慰妄想としてのせいじ屋一家の空間の強度が低下し、現実=くたびれた男の悲惨さが浸食してくる。
今この応接間には壁にもたれかかるぐったりするくたびれた男と、人形舞をするアルターエゴとしての柳二がいる。
くた男「やめろー! やめてくれぇぇぇ!」
柳二の人形舞。カーテンの向こうの庭には今まで応接間を訪れた人々が佇んでいる。柳二の人形が煙に包まれる。すると、人形が谷端次郎に変身したようだ。
谷端次郎、くたびれた男に近づく。
ぐったりするくたびれた男。
谷端次郎、くたびれた男の手を差し伸べる。
谷端「貴方のことが知りたい」
谷端の呼びかけに無反応のくたびれた男。しかしワンテンポ遅れてだだをこねだす。
くた男「いやだいやだぼくいやだ」
寝そべってだだをこねるくたびれた男のすぐ横に家父長が立っている。
カメラ画面の寝そべるくたびれた男、棒立ちの家父長、手を差し伸べる谷端次郎、その後ろに柳二が、きれいに収まっている。
窓とカーテンが開き、庭にたむろしていた人々が入ってくる。さながら舞台のカーテンコールのよう。
すると一人の青いつなぎの男性が応接間に上がってくる。酪農家だ。
前述の四人がきれいに収まっているカメラ画面の右手から酪農家IN。
酪農「もうあんたには牛乳は売りません」
どうやら【4、】のシーンで牛乳を馬鹿にされたことを根に持っているようだ。酪農家台詞を言ってカメラ画面からОUT(応接間の出入り口から出ていく)。
次は【6、】の客人二人がIN。へこへことお辞儀をしながらカメラ画面からОUT。
次は【7、】の安子の電話の相手がIN。くたびれた男を軽蔑の目で見てОUT。
次は【13、】の戦車のプラモデル、を手に持つ男がIN。くたびれた男を一瞥してОUT。
次は【13、】の安子が着ていたバニースーツ、を手に持つ女がIN。
バニ女「気持ち悪いじじい!」
バニ女ОUT。
次は【14、】の重役二人がIN。
重役①「よくがんばりましたー!」
重役二人ОUT。
次は【16、】の有力企業社長二人IN。ひそひそ話をしながらОUT・
次は【24、】の議員二人。何の関心も示さずОUT。
次は【25、】の芸能事務所社長と芸人IN。何の関心も示さずОUT。
次は【32、】のスポーツ選手IN。見向きもせず楽し気にОUT。
次は【33、】の往来から応接間をのぞき込んでいた人IN。ヘンなものを見るひそひそ話でОUT。
次は【41、】の役人二人IN。くたびれた男の寝そべりをカメラで撮りながらОUT。
次は【42、】の記者とカメラマンIN。ひそひそ話をしながらОUT。
次は【43、】の子供たちIN。
子供①「うわー! やべー! DⅤだ、DⅤ!」
子供たちОUT。
次は【47、】の権力者サイトウIN。
サイトウ「今までお疲れ様でした。縁があったら、またどこかでお会いしましょう。その時は、ごちそうしますよ」
サイトウОUT。
次は【49、53、】のロボットアニメのプラモデルとSFアニメの宇宙船の模型を持った男IN。
玩具男「行きま~すぅ! 発進! ビュビュ~ン!」
手に持った玩具で遊びながらОUT。
次は【57、】の仲介人二人IN。
仲介①「地獄、見れましたか? ここが、地獄ですか? 天国ですか?」
仲介人二人ОUT。
次は【62、】の安子の政治利用アイドルIN。スマホを見ながら無関心でОUT。
次は【64、】の大勢で万歳三唱した人々IN。みんなで「日本を! 取り戻~す!」と騒ぎながらОUT。
次は【64、】のインフルエンサーIN。
インフル「おつかれしたー」
インフルエンサーОUT。
次は【70、】殺人の実行犯三人IN。無言で通り過ぎОUT。
次は【71、】の家父長の新しい家族三人IN。スマホ見ながら通り過ぎОUT。
すべての人物の訪問、カーテンコールは終わった。無情に静まり返った自慰世界。
最後に谷端次郎がくたびれた男に語りかける。
次郎「貴方の声を聞かせてほしい」
谷端次郎の後ろに秀一、安子、柳二が立っている。
くたびれた男は悲鳴を上げる。
76、【せいじ屋の応接間】
家父長が秀一と安子と柳二の葬式を行っている。
家父「息子たちは、私の、自慢の家族でした。そんな息子たちが卑劣な犯人の手にかかり、このような最期を迎えてしまったことに、私の中にぽっかりと穴が開いてしまった虚無感と共に犯人への怒りがこみ上げてきます父親として私は、息子たちを立派に送り出してやる、今はこれしかできません」
秀一と安子と柳二の祭壇。
しかし、焼香をあげに来たのは谷端次郎ただ一人。訪問者はおらずがらんとした葬式。
次郎がお焼香をする。家父長に近づき何かをつぶやく。
柳二がイスを左右にどけて空けたスペースで人形舞をしている。
するとばたんと応接間の壁が倒れこの応接間がセットだったとわかる。家父長が「お疲れ様でしたぁ~」といって撮影スタジオを後にする。机に置かれた台本「おとうさんはせいじ屋さん」
77、【くたびれた男の部屋】
掛け軸『美ノ日本』の左に柳二、右に安子。
78、【繁華街。夜】
往来を歩くくたびれた男。街宣カーを見つける。著名な政治家が演説をしているようだ。それを聞いてくたびれた男の顔に喜びが満ちる。思わずそちらへ駆け出すくたびれた男。
くた男「おとうさま、おとうさまー!」
演説を聞く聴衆をかき分けてもっと政治家に近づこうとする。
政治家が何かを演説している。しかし、くたびれた男にとって内容などどうでもよい。
くたびれた男は力の限り叫ぶ。何か必死に求め、心の空白を埋めんと。
くた男「おとうさまー! おとうさまー!」
END